今年も火災が少ないことを望みます。

2011年富士市消防出初式に参加してきました。
議員になってから欠かさず出席していますが、今年の出初式は風もない穏やかな小春日和の中での開催でもありました。

富士市の火災状況の説明が挨拶でありましたが、前年度に比べ総出火件数が平成21年が100件で平成22年が89件と11件の減少、また被害総額に関しても、平成21年が210,384千円で、平成22年が130,071千円と80,000千円余の減少がなされました。富士市の消防体制の強化が図られている中では火災及び被害総額が減少をしていることは喜ばしい事であります。
現在の富士市の消防体制としては、どちらも市長が長になっていますが、消防長の傘下の常備の市職員の消防組織と消防団長で組織する非常備で運営する消防団があります。
22年4月の消防職員は311名、平均年齢38,8歳です。消防団員は869名で平均年齢が41,1歳平均在職年数が14,8歳です。消防団員に関して言えば、定員1030名に対して869名でありますので団員が減少傾向にあるのは不安材料でもあります。しかしながら出初式での消防演技を見る限りでは、富士市の市消防及び消防団の皆様に信頼をおけます。また、そのような活動が被害縮小に繋がっていることを強く感じます。

出初式に参加していつも思う事としては、市民の財産と生命を守るために日夜努力をしている事には市民として感謝に堪えないという事です。

今年1年も市民の安心・安全の為にご尽力して頂き、火災が少ない年であるよう一斉放水を見ながら強く念じると共に期待をしています。
消防の関係の皆様、よろしくお願いいたします。

それから、カラーガード隊のみなさんがいつも花を添えて頂いているのですが、隊員の人数が減少しているような気がしました。

カラーガード隊も隊員不足なのでしょうか?また、カラーガード隊には年齢制限があるのでしょうか?出初式の祝賀会で話題に上り、同席していた同僚女性議員のY議員が年齢制限がないのなら加入を考えてもいいよう様な事を言っていましたが・・・(でも、冗談か本気かわかりません)

富士山がきれいに見えるまち

年が明けて天候に恵まれる中では、富士山がきれいに見えます。
ここ何日間、富士山がきれいに見えてます。忙しくてよく富士山を見てなかったのですが、本日、余りに富士山がきれいに見えたので用事があった大渕のフロント工業団地まで自宅から、所々で車を止めて富士山を眺めながら用を足してきました。

(行きは須津から富士見台、一色を抜けて大渕へ行きました)

須津から大渕までの間にも様々富士山の顔があります。
(フロント工業団地から見る富士山)

帰りは沼津線から見える富士山を眺めてきました。景観行政面から別として、どこから見ても富士山はきれいです。

私は議員になってから「富士山がきれいに見えるまち」を目指して、議員活動を取組んでいます。

私が言う「富士山がきれいに見えるまち」とは、景観的な事だけではありません。
富士市はあらゆる所から富士山が見えます。365日四季折々の移り変わる中では、天候さえよければどんな時でも富士山の様々な美しさを見ることができます。しかしながら、私たちが生活する中では富士山が存在しながらも、その美しさに気が付かない時があります。
「富士山がきれいに見える」
それはどんな時でしょうか?
日々の生活に余裕や安心があって初めて心の底から「富士山がきれい」に見えてくるのかもしれません。
誰もが本当に富士山がきれいに見える瞬間を多く持てる富士市になる事を議員として進めたいと思います。
私にとって、本日特に「富士山がきれいに見えた」のはお正月が過ぎて、ちょっとだけ心に余裕ができたのかもしれません。

富士商工会議所新年賀詞交歓会

平成23年富士商工会議所新年賀詞交歓会が商工会議所会員始め、市長、県、市議会、行政、各種団体の多くの方々が参加する中で盛大に開催されました。

私は議員と言う立場もありますが、商工会議所青年部監事であり、商工振興委員として出席をし、参加している皆様と賀詞交歓をさせて頂きました。

毎年、県知事が来賓で挨拶をするのを楽しみにしていましたが、(富士市に関係することで何を喋るか年の初めに気になる事の一つです)残念ながら、本年は公務の為に欠席でした。

遠藤会頭の年頭の挨拶は、中小企業の活力強化と地域経済の活性化に寄与することが商工会議所の使命であり、積極的な政策提言や要望活動を行っていく事を強調。
また、中小企業を支援されるよう最重点要望項目として
1、中小法人の軽減税率、税負担の減少
2、中小企業を欠損金繰り越し控除の見直し対象外とする
3、中小企業関係の租税特別措置の適用範囲縮小に反対
の3点であり、いずれも中小企業の経営に直結するもので、実現に向けて関係団体と連携し一層の対応を図っていく。その他には、雇用、農商工連携、広域連携、工業用水の実質的な料金減額等々、山積みする課題の克服とこれからの産業振興及び誰でも望む安心、安全なまちづくり為に、「ピンチこそチャンス」まず辛くとも汗をかく、実行、実現を信じて、会議所内にプロジェクトチームを組織し中期ビジョンの策定に着手する。
としていました。また、最後に昨年、商工会議所の役員改選期にあたっており、向こう3年間を任期に会頭に再任されたことが報告され、引き続き、佐野、井出、牧田、石井副会頭が壇上で紹介されました。

本年も、「信頼され、役に立ち、満足される商工会議所」を目指して頑張っていくそうです。
私も微力ながら、ピンチをチャンスに変え、それを乗り越え成長ができるよう商工会議所会員として、また、地元議員としてしっかりと支えて行こうと思っています。

反省しています!

 年末年始にかけて忘年会、新年会と各種会合と夜間に出る機会が多くまたお酒を飲む機会が多くありました。また、ブログにもそのような事が書くことも多かったと思いますが、昨日開かれたある団体の合同新年例会において、ちょっと考えさせられる意見を頂きました。

「荻田さん、私の近くの方が選挙にでるのですが、毎日、朝、街頭に立って挨拶をしていますよ。朝、寒い中あの姿を見ると、頑張ってるなと感じるし、見ている人の心証はすごくいいですよ、荻田さんはやらないんですか」
と話かけらました。
最近、辻立ちをして挨拶運動や街頭演説をするという選挙活動をしている方の話は聞いていました。私の実家の母からも、近所の交差点で朝挨拶運動をしている方がいるから、あなたもやりなさいよと言われたことがあります。
人は人、自分は自分のスタイルがあると考えていましたので、話しかけられた人にもつい、私は
「朝、交差点に立ち挨拶をすることだけが活動では無いし,他にもやることもあると考えていますので、私は、やってません。まして、選挙が近いからと言って急にやりだすのも如何なものかなと思うもので・・・・」
「でも、荻田さん、やらない人よりやっている人の方が、行動力を感じますし、議員が何をしているか知らない人にとっては身近に思いますよ。私は、夜お酒を飲んでいる人より、絶対、立派だなと思いますけど」
「う〜ん・・・・・でも、それぞれ、立場があり、お付き合いもありますし、お酒を飲む事が良いとは言いませんが、議員活動はいろいろあると思います。・・・まして人間ですから・・」
なんとなく歯切れの悪い受け答えであったと思います。
私は、挨拶運動や街頭演説としての辻立ちを否定している訳でもありませんし、できれば私もやりたい気持ちはあります。交通安全週間の時には当然、街頭指導として交差点に立ち挨拶をしたりしていますが、定期的に実行するという事は出来ていません。この先、選挙が近づいて来れば選挙活動として街頭演説に関しても取り組む事は考えています。
ただ、現在、やっていないことを言われた時に、やらない理由を正当化しようとする自分がいるのは反省しています。
例え、パフォーマンスであろうと、何かの席で話題になるという事は明らかに効果があると感じますし、自分をより多くの人に知ってもらう為には、有効な手段であると思います。今後はやらない理由を考えるのではなく、やる理由を考えようと思っています。なんだってやらないよりやった方が良い事は分かっています。
議員である以上、すべての事にもっと必死にならなければいけないとちょっと考えさせられました。
でも、昨日も付き合いで飲んでしまいましたが・・・・
(言われているにもかかわらず反省しています)

イカス市議

2011年兎年の毘沙門天山主高橋上人の自筆の開運文字「活」を頂きました。
高橋上人の「活」とは「生きる」また生きんとする「意欲」であり、社会的、経済的困難な時であるからこそ、「活力」をもって厳しい世を生き抜いていこうという願いが込められています。

「活」については、「活かす」として私も議員活動を続けていく上でのキーワードにしています。

「富士市を、地域を IKASU イカス 活かす」として、「イカス市議」とリーフレットにも謳っているのですが、「イカス市議」とそれだけを捉えられると、自分の事をかっこいいと思っているのかと誤解されてしまいます。しかし、私が言わんとする「イカス市議」は「活かす市議」であり、市民の声を活かす、経験を活かす、力を活かす、働く人を活かす、教育を活かす、命を活かす、東部地域を活かす等々あらゆることを活かす議員であり、また、活力みなぎる議員として「イカス市議」であろうと思っています。決して自分の事をかっこいい「イカス男」であると思って言っているのではありません。

活かすことを進めていく議員としても、、毘沙門天の開運文字として頂いた「活」は今年1年、私のお守りとして、日々見ながら自分の思いを成し遂げたいと思っています。
ですから、新春に素晴らしい開運文字を頂き、なんとなく力もみなぎってくるような気がしています。
ガンバルゾ〜って感じです。

富士高31回卒同窓会が盛大に開催されました。

富士高31期生同窓会が恩師の先生を始め、同級生が一堂に集まり、10年ぶりの同窓会が盛大に開催されました。高校を卒業して、32年の月日が経ちますが、その間には、学年としての同窓会を、節目、節目の年の30歳の時、40歳の時そして今回の50歳にあたる年に10年毎に開催をしています。

今回の50歳の節目に同窓会を開催するにあたっても、1年位前より、各クラスより幹事が選ばれ、ほぼ、毎月集まり、打ち合わせをし、あーでもないこーでもないと言いながらも会を企画しクラスの仲間に呼びかけました。その甲斐あって、学校を卒業して30年以上経つ同窓会においても、出席者も130名という多くの参加者がありました。私も毎回、名前だけではありますが、実行委員長と言う役を押し付けられ、その都度のクラス幹事と会を進めていますが、改めて、当時の学年の絆の固さを確認できることはうれしく思います。
50歳と言う年を迎え、それぞれがこの10年を歩んできた道があると思います。しかしながら、残念ながらも、若くして亡くなられた方もおり、この10年の間には4名の同級生と先生が1名ご逝去なされています。
(私の挨拶の後、鏡割り、渡辺稔先生の乾杯で始まりました)

10年ぶりの同窓会においては、普段よく会っている顔もありますが、久しぶりに会う顔も多かったです。全然変わらない人も、別人のようになってしまった人もいますが、話をすると当時の学生時代の事を思い出します。また、この年になっても先生が元気な姿を見られるのは、教え子にとっても喜ばしい事でもあります。
(学生時代は先生の所に行くのが嫌でしたが、今では肩も組めます)

思い出話に花を咲かせ、また、この10年の近況を報告しながらそれぞれが楽しい時間を過ごしたのですがあっという間に時間がすぎてしまいました。
 50歳の同窓会ですが、40にして迷わず、50にして天命を知るという言葉もありますが、まだまだ、50になっても、迷い悩むことも多いと思っています。おそらく10年後、還暦を迎えるにあたっても、この同窓会は開催されると思います。私も多くの仲間と話し、勇気や元気をもらい、また、10年後に年は重ねますが、元気に出会えることを約束しあいましたが・・・・・

その後、だらだらと懐かしさを惜しむというか、飲み足りないのか、歌いたいのかわかりませんが、2次会、3次会と昼間から深夜まで同窓会は続きました。
もう年なんだから、いい加減にしろよと思いながらも、まだまだみんな元気です。

*同窓会幹事の皆様、お疲れ様でした。
ほんとうにありがとうございました。

元旦は一日拝みぱなし!!

 

大荒れの天気になると脅かされていたので心配していましたが、新しい年の幕開けは、天候にも恵まれ深夜素晴らしい星空を眺めた後、朝には我が家からもばっちり日の出を見ることができました。(日の出を見ながら手を合わせます)

今年も31日から1月1日は深夜から飛び回っています。
まず、大晦日の午後10時に檀家になっているお寺で新年を迎えるに当たり、住職の講和と礼拝をします。(拝みます)

その後、新年のお寺へ参拝に来る人を迎える準備をしますが、今年も、竹燈籠を参道に並べ光の幻想を楽しんでもらうよう工夫をしていました。(竹燈籠は市の観光課で積極的に進めている事業であります)
お寺での準備を手伝った後に、お札を頼んである毘沙門さんへ直行し、除夜の鐘を突かせていただき、煩悩を払いながら祈祷をしてもらいました。(拝みます)

それが終わると慌てて地域の皆さんが集まっている八幡さんへ家族でお参りにいきます。(当然、拝みます)

家に帰り深夜番組を見た後、寝て起きると日の出を見て、家族で手を合わせておせちを食べ、各地区(増川区、江尾区)で開催している出初め式に参加をしました。
元日の昼間には三日市の浅間さんにも顔をだしましたが、参拝客で行列ができていました。(またまた拝みます)

毎年、年の初めはお寺から神社の梯子をしています。
元旦は深夜から手を合わせて拝みぱなしです。
一体何をお願いしているのかと聞かれてしまいそうですが、実際、あちらこちらで、手を合わせながらも、神様や仏様がケンカしないかちょっと心配にもなります。でも、手を合わせ拝んでいるのは、神様や仏様に頼るのではなく、すべてのものを、尊びながらも、今年は1年動くことをモットーに頑張りたいと誓っています。
手を合わせながらも
”一年の計は元旦にあり”
だと思います。

2011年新たなスタートにあたり

明けましておめでとうございます。
皆様のご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2011年新しい年がスタートしました。
本年はどんな年になるのか期待と不安はありますが、兎年でもあります。「兎の登り坂」と言う通りに物事がうまく進むことを期待しますが、「兎の昼寝」のように油断をして思わぬ失敗をしないように気を付けなければとも思っています。
私は、平成19年4月に富士市を“もっと元気で、もっと住みやすく、もっと富士山がきれいに見えるまち”にしたいという思いのもとで議員になりました。
今年は議員活動の一期4年間が終わり、2期目への挑戦もあります。
新年にあたり、議員として改めて立候補するときの気持ちに戻り、議員としてやるべき事、やらなければいけない事を明確にした上で、新たな次の一歩に踏み出すこと決意しています。
”志ある者、必ず道はひらける“
を信じて、進んでいきます。
2011年元旦
いつでも、どこでも、ガンバルマン
荻田たけひと

2010年もありがとうございました。

2010年寅年の一年間365日、また今年も今日の大晦日、12月31日で終わりを迎えます。
振り返れば、忙しかったけど、充実した年でありました。

多くの人に出会い、多くの事を学び、自分のできる活動を精一杯やれました。
サイバーテロやパソコンが壊れることはありましたが、ブログも書き続け自分なりの足跡は刻んできました。(1年間で297日発信)
また、大きな事故や入院するような病気も無く、議会活動も1日も休むことも無く、家族には多少迷惑もかけましたが、地域に、周りに支えられた1年でもありました。
議会においては、今年一年も、議会での発言権を100%行使し、以下の質問を致しました。
2月議会 1、救急需要の増加に対しての消防と医療の連携について
     2、生物多様性と浮島ヶ原について
6月議会 1、 富士医療圏おける「がん診療連携拠点病院」の整備について
     2、 少子化が進む中での幼児教育の現状と課題について
9月議会 富士市立高校として変わる中での、富士市でのキャリア教育の在り方について
11月議会 農業農村整備事業の現状と展望について

今年1年間議会において6項目について質問を致しました。医療、生物多様性、幼児教育、キャリア教育、農業基盤整備と多岐に渡りの質問でしたが、自分なりに勉強はしました。でも、まだまだ反省すべき点も多くはありました。しかし、質問をしたことにより多くの皆さんの声を聞き、その声を活かすことができた1年でもありました。(また、傍聴者も多かった年でした)
来年は、今まで議員としての真価が問われる勝負の年でもあります。
来年の事をしっかりと捉え、今年1年を見つめなおした上で、頑張らなければと思っています。
その上で、寅年の今年も無事過ごせたのは、皆様のおかげだと改めて感謝を申し上げたいと思います。
月並みな言葉を繰り返すようですが、本当に今年もありがとうございました。

新春に無声映画を楽しもう!!

12月18日の静岡新聞に「時の人」として、音の匠に選ばれた活動弁士の沢登翠(さわとみどり)さんの記事が掲載されていました。

40年近く、無声映画に台詞や語りを吹き込んできた功績が認められ、日本オーディオ協会が顕彰する「音の匠」に選ばれました。沢登さんは、大学を卒業後、家族の反対を押し切って故松田春翠に弟子入りをし活動弁士になり、今では日本を代表する弁士として国内はもとよりフランス、アメリカ他の海外公演を通じて弁士の存在をアピールし高い評価を得ている方でもあります。
その沢登さんの事を新聞に掲載された時は知らなかったのですが、大学の先輩になることを知りました。

でも、大学の先輩と言うだけで面識も繋がりはないと言えばそれまでですが、実は富士市のロゼシアターで1月10日に沢登さんが弁士になり、「活弁+活動大写真」が開催され、演目として、「チャップリンの冒険」「ロイドの要人無用」が上映されることを聞きました。主催は文化振興財団ですが、たまたまロゼシアターへ顔を出した時に、大学の校友会を通じてお知らせをして欲しい事を頼まれました。年の瀬の忙しい時で、無理なお願いをするなと思いましたが、校友会の支部長に頼み、連絡をして頂けることになりました。ですから、そのような関係で私も微力ながら、ブログを通じて、沢登さんが出演する無声映画の宣伝をさせて頂きます。
沢登さんは活動弁士と言う仕事をしていますが、無声映画の魅力を簡単に言えば、台詞が利用できないが故に画面で表現することに最大限の配慮と考慮が成されたことにあります。特に1920年代後半の無声映画の絶頂期においては、表現手法はその極限にまで達し今日的な観点から見ても先鋭的に感じられる作品が少なからずあります。無声映画こそが映画の原点であります。懐かしの無声映画をぜひとも、富士ロゼシアターでご覧ください。全席指定で1800円です。
新春に映像、楽団の生演奏そして、沢登さんの弁士としての語りが一体となる無声映画は、今の映画とはまた違う楽しみが体験できると思います。
学校の先輩が活躍してくれる事は本当にうれしい事でもあり、少しでも、力になれればと思っています。
当日券もあるそうです。
問い合わせは、ロゼシアター0545−60−2500です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

白蛇が見れるかも・・見れた!!!

「白蛇が出たみたいよ」
「そうそう聞いた。聞いたよ。白蛇が見られるみたいよ」
「白蛇を見ると幸運が訪れるって」
「じゃあ、急いで見に行って宝くじ買いに行かなきゃ」
とお寺の集まりの席での話題に上がりました。

最近、神谷にある神谷不動尊において、幸運の使者といえる白蛇を目撃したという情報が流れ始めています。私もそれを聞いて、地域に住む議員としてクリスマスイブの日に慌てて見に行きましたが、残念ながら、見ることは出来ませんでした。(生き物ですから簡単に見ることは出来ないと思っていましたが・・・)

しかしながら目撃情報は多いようで、実際に見たという人も知り合いにいます。神の使いとされる白蛇は、毎年3月28日の神谷お不動さんのお祭りで、岩の割れ目から現れ、それを見ると幸せになると言い伝えられており、お祭りになると多くの人が訪れて参拝のついでに割れ目を覗いていきます。
(私はお祭りに行っても見たことはないので、いないと思っていました。また、覗くのは縁起を担いで儀礼的に覗くだけだと思っています)

今年は異常気象であったので、もしかしたら蛇があらわれているのかもしれませんが・・・
長年、神谷のお不動さんには通っていますが、今までに白蛇は見たことはありません。
目撃者がいる以上、運が良ければ、伝説の白蛇が見られるかも・・・・と気にはしており、26日も近くを通りかかると、神谷区の人がお不動さんのお正月の準備をしていました。

「白蛇見えますか?」
と何気なく聞くと
「今日はいるよ」
「え〜見えるの、見なければ」
と割れ目を覗くと、いました。白蛇の胴体がはっきり見えます。
初めて見ました。驚きです。ついに伝説の幸せの使者である白蛇をみる事ができました。感動です。
今年もあとわずかですが、良いことがあるかも・・・
白蛇は本当にいました。
今なら白蛇が見ることができます。
(見に来れない人に写真でどうぞ!!!)

神谷不動尊は今後、白蛇がいる富士市のパワースポットになるかも・・・
来年の年始のお参りに行って見ては・・

富士リトル35周年記念祝賀会

 

富士リトル設立35周年富士シニア30周年の記念祝賀会がグランドホテルで関係各位が集まり盛大に開催されました。私も議員という立場があるとともに、青年会議所シニアメンバーでもあり、先輩諸兄が築き上げた歴史と伝統がある富士リトルのお祝に駆けつけました。

富士リトルは今から35年前の昭和51年に、”富士市に富士市のスポーツを”を合言葉に富士青年会議所の当時の笠井理事長のもとで、富士リトルは発足されました。その後青年会議所の20周年事業として富士川の河川敷にJCグランドを作り、リトル委員会が作られ、以来JC事業として父母会へ移管されるまで継続事業として取り組んできました。
 (志村会長・教育長、リトル卒団者代表の挨拶)

私も23年前にJC入会当時、JCグランドの石拾いや草取りをしに出かけ、子どもたちが練習をしやすい環境整備を進めたことを覚えています。35年の間には河川敷にある富士山が見える絶好の場所にあるJCグランドで、リトルリーガー達が土にまみれ汗を流し、野球を通じての礼節を育ててきており、その長きの歴史においての富士市の青少年の健全育成に大きく寄与してきました。

また、全国大会でも優秀な成績を実績と残し、その中でも輝かしい出来事として一昨年には横浜ベイスターズへ山崎君、日本ハムに土屋君の2人のプロ野球選手を輩出するまでとなりました。
 35周年の設立を祝い記念誌も発行され、式典においては、日本ハムの土屋選手もお祝いに駆けつけ花を添えました。(私も土屋君に来年は、斎藤祐樹選手が入団するので、いい意味で刺激しあい活躍を期待しているよと伝えました)
 IT化が進み、バーチャルな世界での子供たちの絆が薄れていく環境変化が激しい中では、野球を通じての富士市の青少年の健全育成を進める役割は大きく、今後、40年、50年に向けて、富士リトル、富士シニアは更に歴史を積み上げていくと思っています。
(斉藤食品の社長も頑張ってました)

富士リトル35周年、富士シニア30周年おめでとうございます。
富士リトル、シニアのますますの発展を期待します

広報ふじ1000号記念はコンビニで!!

市民が富士市の情報を知り得るツールとして一番利用されているのは、市で発行している「広報ふじ」だと思いますが、その「広報ふじ」が昭和41年11月に発行されてから44年間でついに平成23年1月1日号で1000号を迎えました。実はそれに気が付いたのは、忘年会の帰りに何気なく寄ったコンビニエンスストアのレジ横で「広報ふじ」が置いてあり手にしてわかりました。

いつもだったら、町内から回ってくる回覧板か議員のポストに入ってきた「広報ふじ」を見ているのですが、今回はいち早く、コンビニで「広報ふじ」をゲットしました。

記念特集号の広報ふじでは、市長と議長の新年の挨拶が掲載されており、クリスマスも過ぎていないので何となく変な気もします。現在、広報ふじは、毎月2回町内会を通じて配布されているほか、まちづく入りセンターや図書館などの公共施設でも配布しています。
昨年の11月議会で、私は、社会インフラとしてのコンビニエンスストアと連携について取り上げた際、その一つの連携として有効な情報発信場所として市内全店のコンビニでの「広報ふじ」の配布を提案させてもらいましたが、本年の10月20日より、緊急経済対策の一環として、来年3月までモデル事業として取り組んでくれています。ですから、コンビニによると、どこにおいてあるか気になるところですが、市民に認知されれば、いつでも手にすることができる場所として、市民の情報源である「広報ふじ」が手軽に受け取れる場所として効力は発揮できると思っています。実際私も、最初に述べたように1000号の記念号をコンビ二で手に入れました。今後、町内会に加入しない人も増えることが考えられますので、市民サービス向上と言う面からも継続していく事は必要な事であると思っています。
コンビニに行った際、一度は、「広報ふじ」がどこにあるか確認してみてください。
私も議員になってから、「広報ふじ」を目を通すようになりましたが、市で行っている様々なサービスやイベントが分かり結構重宝しています。多くの働いていいる方々は、なかなか家では、回覧板で回ってきても見ることが無いと思いますので、どこかへ出かけた際に、コンビニで受け取り、市の情報を確認するという利用もよいかもしれません。
1000号の広報ふじの表紙は、元吉原小学校と元吉原幼稚園のみなさんによる「うさぎ」の人絵です。
年末でお忙しい方、記念号ですので、ぜひとも、コンビニで手にしてみてください。

笑顔・えがお・エガオ!!

吉原ロータリークラブの忘年家族会が開催されましたので参加してきました。150名近くの人が集まっていましたが、それぞれに楽しい時間を過ごしました。

コンサートあり、オークションあり、子どもたちへのプレゼントがあり、おいしい食事とちょっとのお酒が振る舞われた会場には、素晴らしい笑顔が溢れていました。言葉で示すより、笑顔、エガオ、えがおの写真を掲載いたします。
(次年度田口会長)(毘沙門さんの高橋お上人)(ミル動物病院の杉山君)

(医師会長も商工会議所副会頭も親睦委員長もえ・が・おです)

(奥野さん、小口さん、佐野さん、高田さんの笑顔・エガオ)

(矢部さん・高井さん・志田さんみなさん奥さんとえがお)

(米山奨学生の徐さんも佐藤さんも孫と私もかわいい子と笑顔・えがお・エガオ)

今年もあと僅かになりました、最後まで笑顔で終わることができるよう願うと共に来年も笑顔で迎えることができる事を心から期待します。

まちの遊民社のキャリアサポート促進事業

 9月議会でキャリア教育の在り方についてを取り上げました。市としては、キャリア教育の重要性を十分認識したうえで、課題はあるもののコーディネーターや協議会組織の必要性を示してくれていました。今後どのような形で進むのかは気になるところでしたが・・・

 先日キャリア教育を推進している商工会議所青年部の上柳委員長から、青少年のキャリアデザインとして「若者のためのキャリアサポート促進事業」に取り組んでいるまちの遊民社さんから、キャリア教育に相談を受けており、今、青年部で行っている事業を参考にしたいという申し出があるので会合へ出席しますが、荻田さんも同席して欲しいと依頼がありました。
 キャリア教育を議会でも取り上げており、今後、積極的の推進することを望む私としては、少しでも役に立てればと思い内容はよく分からないままラホールで開催された、「キャリアデザイン支援室検討会議」へオブザーバとして参加をしてきました。
(会合の座長は社労士の秋山さんです)

まちの遊民社さんでは、「若者のためのキャリアサポート促進事業」は市から委託を受け、目的としては、若者が職業意識とキャリアデザイン力を身に着けるために将来像を描き始める13歳から自身の職を見定めたい28歳までの若者を主な対象に各年代の必要なキャリアサポート体制の基盤造りを行うとしています。事業内容として、1、新社会人のための労働基礎知識の啓発2、若者の労働に関する意識調査の実施3、キャリアサポートシステム「キャリアデザイン支援室(仮)」の開設4、今後の提言としています。
キャリアデザイン自体は、キャリア教育が「子供達が仕事を通して社会に適応し、自分らしい人生を実現できる人材へと育つよう支援する教育」として基本的な生活習慣や自立した社会人・職業人として生きていく上で必要な資質や能力が十分に見についていない子供や若者が目立つようになり「学ぶこと」や「働くこと」「生きること」についてを考えさせ、「望ましい勤労観・職業観」をはじめ、「生きる力」と「夢」を育むこととしていますので、キャリア教育の一環として捉える事できると思っています。
今回の会合では、キャリア支援室を設置し、来年の2月〜3月にかけて事業を行っていくのですが、商工会議所の事業を参考に商工会議所青年部と連携して事業が進められていくようです。私はこの会合に出席してまちの遊民社さんが、キャリア教育を推進していく商工会議所青年部と共に中心的な役割が担える可能性を感じるとともに、今後、市立高校が先進的なキャリヤ教育を進めているのでぜひともそことも連携した中で、全市的な取り組みができるきっかけを作っていただければと思いました。
会合に出席して、キャリア教育について新たな一歩が踏み出されるような期待感もあり、今後とも微力ながら私もできる範囲の支援をしたいと思っています。

娘の誕生日ですがお祝いもできません。

気が付けばあと10日で年が変わってしまいます。毎日があっという間に過ぎてしまいやらなければいけない事ややりたいことがちっとも進みません。毎年の事ですが、今年はいつもより行事が多いようです。
21日は娘の18歳の誕生日でもあり、高校で娘が出演するクリスマスキャロルがある日でありました。

でも、私は、やらなければいけない事あるために、高校最後の行事を欠席をしてしまいました。
「娘よ、誕生日おめでとうと共にごめんなさい!!!」と言う気持ちです。
でも、娘の行事を欠席したけれど、その分やらなければいけなない事を少しづづ片付けさせて貰いました。
バタバタとやらなければいけない事に追われていますが、クリスマス会が22日に開催されるのでその準備の為に会場のホワイトパレスに行くと職員の方々が池の掃除をしていました。大きな鯉がいるのは知っていたのですが、鮎やうなぎまでいると知りませんでした。

池もきれいにして年を迎える準備をしているようです。
その後、毘沙門さんの高橋お上人に頼まれていたことがあったので、毘沙門さんへ行ってきました。

お正月には多くの参拝客で賑わうのですが、庭の手入れをしている植木屋さん以外は人がいなく、シーンと静まり返っていました。また、境内には来年の毘沙門さんの日程が飾られていました。来年の毘沙門さんは2月9,10,11日です。選挙もあるのでだるまを買いに来なければとスケジュール表に記載した後、ちょっと高橋先生とお話しさせていただきましたが、来年は活かす議員として「富士市を活かす、地域を活かす、IKASU・イカス・活かす」で頑張りたいという思いを伝えると、大いに賛同され励まされました。
(いくつになっても元気な高橋お上人)

ちなみに毘沙門さんの来年の開運文字として「活」を書くそうです。その上で高橋お上人は今の国のいく末を憂えており、市会議員であろうと一生懸命頑張るように喝を入れられました。私のような年の違う若輩者にお話しを直接して頂けることは本当にありがたい事であると思っています。来年は毘沙門さん開運文字の「活」である活かす(イカス)議員で行きたいと思います。

午後からは、来年の1月3日に、高校の同窓会が開催されますので、その時に出す景品として、同級生が杜氏をしている富士宮にある高砂酒造は行き商品を購入にしてきました。

ちなみに、高砂酒造の来年の蔵開きは1月16日です。よろしかったら行ってやってください。今年は猛暑であったのでお米があまり良くないために新酒の出来具合は心配でもありますが、それなりに出来上がっていると言っていました。お楽しみに・・・
夜は電気組合さんの忘年会と娘の誕生日にも関わらず、お祝いもできず、顔も合わすことがなく1日が過ぎてしまいました。
本当なら、お祝いの言葉と学校で開催されるクリスマスキャロルに参加し娘の晴れ舞台を見に行かなければならないと思っていましたが、ちょっと親としてはだらしなないなと反省はしています。でも、見に行った妻からは、始めの言葉から詩の朗読までしっかりとこなして立派であったと聞いています。
親は忙しくても子は育つです

「たけちゃんとしゃべろう会」」

師走の日曜の夜でしたが40名近い女性が集まって頂き「たけちゃんとしゃべろう会」を開催してくれました。もちろん、このたけちゃんは私、市議会議員荻田たけひとのたけちゃんを指します。

主催は後援会女性部のゆうこうの会で企画してくれました。市政報告と言うと政治の話で難しく、出にくいというイメージがあるので、お茶でも飲みながら気軽に話ができるような会を開催してくれました。

私も女性だけが集まって私の話を聞いてくれる事は初めての試みで何を話したらいいのか考えましたが、私の人となりを知ってもらえるような家族の話を含め、どんな活動をしているのか話をさせて頂きました。
話をした後に、手作りのお菓子を持ち寄ってくれてありましたので、(もちろん会費制で開催しています)それを食べながら意見や要望があったらと交流をさせて頂きました。

手作りのカステラ??パウンドケーキ???シュークリーム??どれを食べたらいいのか悩みますがどれもおいしく頂きました。なんとなくクリスマスも近いので、大人のクリスマス会(当然お酒は出ませんが楽しいです)を開催しているような気になってきます。
お茶をのみながら、途中、救急医療についての対応として、救急医療の搬送の際、重要な事として的確な情報を伝えることにより、助かる命があることを伝え、議会でとりあげた「救急情報医療キット」の導入の取り組みを話もしました。

ただ、自分の話に夢中になり、一人一人と会話をすることは出来なかったことはちょっと残念でもありましたが、(時間があっという間に過ぎていきます)また、日を改めて、違う形で、話を聞いてもらう会は企画してくれるという事でしたので、その時にはなるべく一人一人の声を聴けるようにしたいと思っています。帰りがけに、「もっと話を聞きたかったわ」「こんなに近くで議員さんと話を聞くことは今まで初めて」声を掛けられましたので、ぜひ気軽にこれからも参加してくださいとお願いをいたしました。
アットホームな感じで、楽しく話をさせて頂けました。開催してくれたゆうこうの会の皆様、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

前日も、お寺において、私の話を聞いてもらいましたが、私の活動を様々な人に聞いてもらえる機会を頂けることはありがたい事です。
今日は後援会の役員会がありますので、11月議会報告をさせて貰うつもりでいます。
今は、小さな集会で話を聞いてもらえる機会を作って頂くことをお願いしています。

商工会議所青年部次年度会長決定!

 デジカメで写真は毎日のように撮っています。よく、妻にデジカメの使いすぎと言われますが、ブログを掲載しているので、デジカメは常に携帯しており、何かにつけ写真撮っています。その、デジカメが壊れてしまいました。

電源を入れると、初期設定の状況になってしまます。あわてて、エイデンさんに持っていきましたが、修理に3週間と言われました。毎日使っているので無いと困ります。とりあえず、前に使っていたデジカメで代用しようと思いますが、パソコンにしても、デジカメにしても最近故障が多いです。
デジカメが壊れたので、SDカードを抜いて壊れる前に撮った写真を確認すると、14日の商工会議所青年部の役員会で、次年度会長に決まった富士川紙業の望月豊久君の写真がありました。

役員会で会長予定者が決まったことを掲載しようと思っていましたが、つい忘れており、新たな写真を撮っていないので、ちょうど良いのでちょっと遅ればせながら、報告します。商工会議所青年部は現在、渡辺崇文君が会長を務めていますが、任期は1年間です。毎年、次年度会長がこの時期決まらないといけませんが、景気が良くないことが影響してかなかなか次年度会長が決まらないと聞いていました。私も誰がなるのか気にはなっていましたが、役員会において全員一致で望月君が予定者として決定しました。来年の総会以降平成23年度商工会議所青年部の会長を務めます。望月君は人づきあいもよく、行動力もあるので適任であります。景気が良くない中で、会長を引き受けるにはそれなりに悩んだでしょうが、勇気ある決断に敬意を表します。私も及ばずながら力を貸したいのはやまやまなんですが、残念な事に、商工会議所青年部は50歳で卒業をしなければいけなく、私も今年50歳となり、卒業をしなければなりません。いつまでも若いと思っていましたが、気が付けば50歳になった事は、月日の過ぎるのがあまりにも早く感じてしまいます。私が卒業した後に会長に就任する望月豊久君、予定者の段階から、役員選出や事業計画を考えなくて大変でしょうが、会長に成り得る事も多いと思います。卒業してしまいますが、親部会の会員として、協力できることはしていくつもりでいますので、気軽お声掛けはお願いします。
どうせ会長になるのなら嫌々やるのではなく、楽しんでやってください。気持ちの持ち方で必ず得るものが違ってくると思っています。
ぜひ前向きに捉え、取り組んでください。
豊ちゃん、がんばれ!!!!!!

民主党と自民党

民主党の細野代議士と自民党の後藤田代議士の話を続けて、聞く機会がありました。どちらも党の次代を担うエースであり、人を引き付ける話は上手であると感心します。

2人の話を聞いて決定的に違ったことは、後藤田代議士は財政の逼迫した現状認識を示しこの2年間は今の政権から大きく変わる時、変わらないと日本は再生しないとしていました。一方、細野代議士はしっかりした共同体としての政権を担い、来年以降、党の綱領を作成した中でそれに乗っ取ったマニュフェストの実行をしていくので今の政権に大きな期待をもってもらいたいとしています。(国民が求めている事は、この先の期待ではなく、今の苦しい現状をすぐに変えてもらいたいのが現実ではあると思いますが・・)
私は民主党が良いとか自民党が良いとかを言いたい訳ではありませんが、政権交代してからの期待が大きかった分のそれ以上の失望感はあります。だからと言って自民党が良くなって支持上がっているのかというと疑問符はつきます。現状としては、民主党が失墜してきているだけで、自民党にしても決して、期待が高まっているという状況でもないと思っています。
その中でも、今回、細野代議士の話を聞いてよく分かったことは、民主党の思いつきのような発言や行動をとる現状には、党としての理念や規約が定められた綱領がない事が、芯の通った政治が進められない大きな原因であるという事です。政党とは、共通の政治理念をもつ政治家の同志的集団であり、政治権力をめざし、政治権力を通じて自らの政党の政治理念を国民社会の上に実現することを目的とする集団であります。したがって、政党には、政治理念を実現すべき政治目標を示す「綱領」と組織の規律を定めた規約があります。この二つの基本文書があって初めて政党らしい政党になりますが、それが無い党としての成り立っていたのは今までの民主党は、小沢代議士が党のイニシアティブをとり綱領としての役割になっていた政権であったようです。検察に起訴された小沢代議士が、綱領としての役割が機能しなくなりつつある状況になり、今から、綱領の作成に取り組むのは、遅すぎるような気がします。その意味では、綱領作成を含め、民主党も変わらなければいけない時が来ていることを強く感じました。
民主党にしても自民党にしても、言いたいことは沢山ありますが、ただお互いが足を引っ張り合うのではなく、高めあったうえでより良い方向に進むべきことが国民の利益に繋がるのはお互いにわかっているのですが、そのようにならないのは政治の世界では綺麗ごとでは済まされないからでしょうか・・・その意味でも、党は関係なく若き2人の政治家には大きな期待はしています。個人的には政治センスのある2人ですから、いずれはお互いにどこかで結びつくようなことがあるような気がします。
いずれにしても、国民が求めているものは、どの党が良いという事でなく、民主党であっても、自民党であってもどちらでも良く、有事に際しての対応として政党を乗り越えての問題解決であり、本当の政治や経済の安定であります。
今は、地方議員も含め、一人一人が力を合わせ行動を起こし、頑張らねばならない時であると思っています。

私のカバンはどこに行ったのでしょうか?

私の大事な仕事道具として、スケジュール帳やデジカメを始めとする各種書類が入っているカバンがあります。どんな時にも、常に持ち歩いているのですが、ある場所で帰ろうとする時にその大事なカバンが見当たりません。カバンが無いことは私にとっては事件です。

15日の夜、商工会議所青年部の忘年会が開催されました。話に夢中になり、出された食事にほとんど手を付けないまま、気が付いたらお開きとなってしまいました。食べないまま忘年会を後にしたので、お腹が減っており、吉原にあるお蕎麦屋さんのいわいちさんへ寄りました。たまたま、吉原ライオンズの皆様の忘年会があったようで、座る席もないほどの多くの会員の方が集まっていました。知っている人も多くいたので、カバンを皆さんの荷物を置いてある場所に置きご挨拶をさせてもらった後、てんぷら蕎麦を食べました。てんぷら蕎麦を食べて、さあ帰ろうと思い、カバンを取りに行くと置いてあった場所にカバンがありません。周りを見ても、カバンが見当たりません。お店の人に、カバンを知らないかと確認すると、分からないと言われ、カバンを知りませんかと店内で確認してもらったのですが、見つかりません。ふと見ると離れた席の机の下にカバンがあります。「アーよかった」と思ってみると似ているけど私のカバンではありません。ライオンズの方も何人か残っていたので、鞄を見てもらい確認すると、「そういえば××さんが鞄を持っていたな」と言っています。どうも、帰るときに自分のカバンと間違えて、荷物のおいてある場所にあったよく似た私のカバンを持って帰ってしまったようでした。私も人のカバンを持って帰るわけにはいきませんので、その場で連絡を取ってもらい確認するとすでに家に戻ってしまったとのことです。大分お酔いになっているので持ってきてもらうには無理があるために明日返していただくことをお願いいたしました。間違えて持って行ったことがわかり一安心です。今回は、たまたま知り合いの方が鞄を持って帰ってしまったのですか、見も知らない人にカバンを持ってかれたらと思うどうなっていたのかと思うと、カバンなど大事なものはどんな時も、やはり、自分の身近な所においてしっかり管理をしなければいけない事を強く感じました。
予定表も入っていたので、確認もできなくて困っています。また、せっかく昨日、様々な場所で写真を撮っていたのに、デジカメがカバンの中に入っていたためにブログに掲載もできない状況です。
しかし、ほんと
「××さん気を付けてくださいよ〜」

カバンがないと私、仕事ができないんです。。

交通安全県民運動始まる!

(挨拶をする三村先生)(次年度JC役員)

毎年恒例の医師会長でもある三村クリニックさんの忘年会に参加した後、青年会議所の本年度理事長のお疲れさん会を兼ねた次年度理事長のお祝いが開催されていましたので、参加してきました。慰労したり激励するつもりが、来年の事もあり、逆に心配されたり励まされてしまいます。

でも、お酒を飲みながらも気になるのは、翌日の15日から始まる「年末の交通安全県民運動」です。これは、12月15(水)から12月31日(金)までの17日間、富士市内各所において展開されますが、初日には街頭指導及び広報活動が行われます。ですから、私も、地元の地区において、朝7時には、交差点で街頭指導に立たなければいけませんので、あまり遅くまでお酒を飲んでいると、起きられない恐れがあります。起きられなくて遅刻や行けなかったりした自己管理能力不足であるとされてしまいます。まして、運動の重点目標には飲酒運転の根絶があります。飲んでる場合じゃないと言えばその通りで、お酒をあまり飲みすぎないよう、また、いつもより早く帰ることを心掛けました。お酒もちょっと入っているので、代行で帰りましたが、20〜30分待ちであり、代行屋さんは、商売繁盛のようです。

初日の街頭指導は、心配していた朝起きられないこともなく時間通り無事クリアし、交通安全運動に参加してきました。この年末の交通安全運動は、慌ただしい年の瀬には、事故が多発することが懸念されており、県民一人ひとりが、自らの交通安全に関する意識を高め、交通ルールの遵守と交通マナーの実践に務めることにより、交通事故防止の徹底を図ることを目的としています。
私も、チラシとティッシュなどを配り啓蒙活動を務めてきましたが、事故は起こしても、起されても嫌な思いはします。ぜひとも無事故で締めくくることができることを期待します。新しい年を笑顔で迎えたいものです。

私も、飲む機会が多いので、この活動を通じて、改めて、絶対に飲酒運転はしないことを確認しています(当然のことですが・・・・)
スローガン
『安全は 自ら うちから 地域から』
今年もあとわずか、気を付けてください。

お酒を飲みながらもダイエットはしたい、

12月になり、お酒が飲む機会が本当に多くなりました。
連日連夜、忘年会が開催されており出席しています。
週末から週を開けた後もぎっしりと予定が入っています。
スケジュール帳で確認すると12月だけでも21の忘年会や懇親会が入っています。

ですから夜になると本当に忙しいです。
付き合いもほどほどにと思うのですが、立場上、そうも言ってられません。
もともと、お酒を飲むのは嫌いじゃありません。でも、最近は、次の日が疲れます。次の日を考えて、飲まなければいいのですが、ついつい飲んでしまいます。その上、運動もしないので、太ってきているようです。不摂生と運動不足で病院では極度の脂肪肝と診断されています。痩せなければと思うのですが、運動らしきものは何もせずに楽して痩せようと思っているのでちっとも痩せません。
何か運動をしなければこのままではいけないと思っていた矢先、いいものを見つけました。

それは、30分のウォーキングで、約300kcal消費することができる歩きながら痩せられるシェイプアップシューズ。
不安定な靴底で、歩きにくいのですが、それが余分な筋肉を使わせダイエットにもなるということです。歩けば痩せられるのなら、犬の散歩をするときにも使えると購入してきました。効果が出るのはまだ先の事だと思いますが、今のお酒を飲み続ける状況にはいささか危機感を感じての行動でもあります。

靴底が厚いので、背が低い私にとっては、背も高くなれて、ダイエットもできるうれしい靴でもあります。
これで安心してお酒が飲めるというわけでもありませんが、少しでも体にとって良い効果が出るならと思っています。
お酒を飲み続けてもダイエットはできるかもと密かに期待をしています。
でも、飲まないのが一番だとは思っていますが・・
体を壊してしまったら、やりたいこともできませんので・・・
とにかく健康第一です。

幼保一体化が進もうとする中で・・

子育てについては、「日本一子育てしやすいまち」を目指す富士市にとっては重要な位置づけでもありますが、今議会においても、子育て支援に関する一般質問がありました。

質問に関しては、政府が6月に「子ども・子育て新システム基本案要綱」を発表したことに対し、 幼保一体化を含め、制度・財源・給付について包括的・一元的な制度の構築を目指し、推進体制として「子ども家庭省」(仮称)の創設を検討がなされ、新たな制度設計が進み始めている中で、富士市での対応はどのようにしていくのかが問われていました。富士市での対応は富士市乳幼児育成指針に基づき、「すべての乳幼児の健やかな育成を目指して特色ある施策を行っていきたい」と言う方向性は示されてはいるものの、未だ国の動向がはっきりしない点では、具体的な施策は取れない模様であるようです
また質問以外にも、政府の定まらない姿勢に対してもですが、新制度設計に移行する中で、こども園(仮称)などに対する疑問や不安の声が多くあがっており、今議会においても、富士地区私立幼稚園協会より「子ども・子育て新システム、制度設計に対する要望〜現行制度の適正化・早期是正を踏まえて」で次の4つの要望がなされていました。
1、 幼児教育の重要性を視点に
2、 家庭(親子)の絆を根幹に据え、それを支援する制度に
3、 私立幼稚園が地域社会の中で担ってきた役割を認識した取り組みを
4、 本制度制度設計にあたり、私立幼稚園協会から複数名の委員選任を
として、それ以外にも、要望における課題も挙げられており、子ども・子育て新システムの制度設計にあたり、富士市では本質を見失うことなく、また、市民に動揺を与えることがないよう慎重に検討していただくことが要望書には書かれています。
実際、幼稚園と保育園の垣根を取り払い一つの制度にしようという改革は今までも議論はされてきました。残念ながら、所管が厚労省と文科省に分かれ、既得権を失いたくない団体や役所、族議員の反対で実現することができませんでした。その意味では新政府の、子ども施策の1本化を明記しこども園(仮称)に一体化することを進めようとしていることは評価できることですが、財源を含め多くの課題に対して、対応できていない状況は、幼保一元化の雲行きが怪しいと言われないように「子どもの最善の利益」を優先し、しっかりとした進め方は求められます。
しかし、現場ではすでに、保育と教育の融合は始まっています。働く母親が増え、保育所はかっての福祉施設の色合いは薄まっており、また、幼稚園の7割は親の要望に応じて放課後の預かり保育を行っています。幼稚園教育要領と保育指針もほぼ同じとなっています。
私自身は幼児教育の充実と課題については、重要課題として受け止め、富士市においての誰もが(私立であろうと保育園であろうと)平等に教育としての幼児教育を受ける環境整備は必要なことだであり、そのための支援は市としても進めることは求めていきたいと思っています

子どもは未来の宝です。
未来のためにも子育て環境の整備は急務であると思っています。

子宮頸がん予防ワクチン接種費用の助成

最近、何人かの女性の方から、子宮頸がんの予防ワクチン接種に関しての質問がありました。
「いつから、予防ワクチンの助成があるんですか?」
「対象は何歳からですか?」
「富士市の助成はどうなっているんですか?」
等々・・

子宮頸がんについては、近年では、20代から30代の若い女性に子宮頸がんが増加傾向にあり、この年代の発症するすべてのがんの中で第1位となっています。子宮頸がんになった場合、子宮や周りの臓器を摘出しなければならなくなることがあり、妊娠、出産の可能性を失うなど、女性にとって心身ともに大きな負担となります。
ちなみに私にも2人の娘がいますが、予防接種はしていません。妻からもどのように成っているのか聞かれましたが、年頃の娘を持つ、母親としては気になる話のようです。
子宮頸がんは定期的な検診と予防ワクチンの接種により100%防げる病気であると言われています。現在、富士市では、国が2年に1回と定めている子宮頸がん検診を、20歳から39歳の女性には毎年受診可能としていますが、今のところ5〜6万円かかる高額な予防ワクチンの接種費用の負担はありません。
以前、富士市議会においても、予防ワクチン接種についての質問はなされていましたが、予防接種についての有効性は理解しつつ、国の動向を見ての助成をしていくという答弁であったと思います。しかし、今議会において、補正予算が通っている中に、疾病対策の強化による安心の確保として、新たな疾病への対応として、国の補正予算により県に基金が設置される予定として、子宮頸がん予防ワクチン接種費用の助成が盛り込まれています。
また、現在開催されている県議会においても、国からの交付金により基金設置をして市町村への助成を進めていくことが明らかになっています。
富士市においての子宮頸がんの予防ワクチン接種費用助成として、
対象は中学1年生〜高校3年生
接種回数初回接種後、1か月後、6か月後に接種計3回(接種費用1回16500円)
助成額 中学1年生〜高校1年生は全額補助、高校2・3年生は1回つき10000円の助成
となっています。
実施は、来年の1月からとなっています。注意すべき点としては、高校1年生と高校3年生は、接種期間が6か月となると、高校2年生と高校を卒業してしまう状況になるために、助成額が変更されたり、無くなってしまうと心配なされる方がいるかもしれませんが、病院において証明ができる接種券を発行してもらえば、引き続き助成されるそうです。
ご安心ください。
なお詳しいことは、保険医療課に問い合わせをしてみてください。

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阿久沢さんを始め何人かのみなさん、ご理解していただけましたか?
富士市議会議員 荻田たけひと

久能山東照宮が国宝に

既に、ご存知の方も多いと思いますが、久能山東照宮が、10月15日に国宝への答申がなされ、年内には国宝に認定、指定されることが決定しています。県民にとっては、うれしいニュースであります。

東照宮と言えば、日光と言う方が多いと思いますが、県民にとってはやはり、東照宮は久能山でもあります。権現つくりの先駆けでもあり、国宝に指定されることにより全国的にも世界的にも知名度がアップすることは予想されます。
そのような認定が決まっている中で、議会中ではありましたが、富士市においても異業種交流の集まりの研修会において、久能山東照宮落合偉洲宮司を招いて講演を聞く機会ありました。

テーマは「久能山東照宮と大工棟梁中井正清〜家康公の内政と外交〜」でした。久能山東照宮は、東照宮建築では最古の建造物で、家康公の霊廟として創建され、拝殿は、権現造りの形式を持つ複合社殿を中井大和守正清によって造営されました。興味深い話としては、当時、家康公は軍事、戦争は避けて経済振興による平和的発展を進めていましたが、メキシコに向かい、航海していたフィリピン総督のロドリコ一行が、暴風に会い、千葉へ漂流した際に317人の村民が救助したことにより、メキシコ国では大変に感謝し、そのお礼として、日本最古の洋時計を駿府にいる家康公にお土産として渡しています。それが久能山東照宮で管理されていますが、400年以上経った今も音をだして動くそうです。大変貴重な代物で、重要文化財に指定はされていますが、国宝に認定すべきものでもあるそうです。今でもその時計の存在により、メキシコ大使館とは良好な関係が保たれている1つとなっているそうでが、私も、一度、拝見したいと思いました。
400年以上前の時代においても、外交と言うことは国として重要な位置づけであったことを考えると、今の政権においての国家観の無い外交政策はいかがなものかと考えさせられます。
久能山東照宮が国宝に指定されます。
おめでとうございます。
次は世界遺産登録の可能性も出てくるのかもしれません。