夢たっぷりん

プリンを食べながら復興支援ができる「夢たっぷりん」を娘が研修会に出席した時に買ってきたので食してみました。

仙台では有名なプリン家さんの「夢たっぷりん」は被災地である岩手と宮城の材料を使用した東北のご当地プリンです。

そのプリンを全国販売し、収益を復興支援活動に活用することで継続的な復興支援を展開しています。製造販売が拡大することにより、雇用支援にも繋がっているそうです。クリーミーなプリンがはやりの昨今、ちょっと硬めのプリンは手作り感があり懐かしい美味しさでした。
お値段は250円。
ごちそう様でした。
プリンを食べて被災地支援ができるなんて、私には結構むいているかも・・・・
でも、娘が買ってきたので私が支援したことにはならないのでは・・・・今度は、インターネットで買ってみようと思います。
「夢たっぷりん」食べてみてください。

「東田子の浦アクセスバス」実験

須津、浮島地区に住んでいる人の一つの課題として、JR東田子の浦までの公共交通のアクセスがあります。以前にも何度も書いてはありますが、東西には、岳南鉄道や根方街道にはバス運行はされていますが、南北の交通アクセスが存在しません。

私の娘たちも通学で毎日、東田子の浦駅を利用しており、車での送迎をしていました。直線距離では1,5キロ位でもありますが、公共交通を使うと、岳鉄で吉原駅まで、行き東海道線に乗り換えとても手間がかかります。近いのだから、歩きか自転車で行けばいいと思うのですが、土地改良区を通る市道(江尾〜柏原線現在整備中)はしっかりと完備されておらず、夜は暗く、雨が降ればびしょびしょ、耕作放棄地には不審者も出没するので、結局送り迎えをしなければならない状況であります。通学や通勤で東田子の浦駅を利用する人たちには、何らかの公共交通を求める声はありました。

そのような中で、本年度、須津・浮島コミュニティバス等実証運行事業として、須津・浮島地区の東田子の浦駅のバス需要把握として、6月15日から7月15日まで、「東田子の浦アクセスバス」の実験が行われる事が都市計画課から説明がありました。

利用実績やアンケートを行った後、第2回の実験を行い、平成24年からの本格運行ができるかどうかの検討を進めるそうです。すでに、私の娘は学校を卒業しており、通学では利用しなくなっていますが、私も必ず一度は実験バスに乗車してみるつもりです。でも、朝の通学、通勤時は、時間に余裕がないとついつい車で送り迎えになってしまう恐れがあり、どれほどの利用があるかは興味のある所です。要望はあっても、利用するとは限らないことが今までも他の地域で結果が出でいますので・・・

毎日の放射能予報を知るには。

震災による原発事故の事もあり、静岡県立静岡がんセンター主催の「あなたに知ってほしいがんの知識〜放射線被曝による健康障害とがんの放射線治療のこと〜」について山口総長と西村副院長の講演を聞きに行ってきました。

詳しい、内容についてはどこかで書きたいと思いますが、山口総長の話を聞いた中で、日本の放射能予報が、毎日、ドイツの気象庁のサイトで確認できることを知りました。
(福島の原発の爆発後の放射能がどのように広がっているか確認できます)

時差がある為に9時間プラスしなければなりませんが、日本の放射能の分布が非常にわかりやすく見ることが出来ます。日本にもスピーディと言う緊急時迅速放射能影響予測ネットワ ークシステムがありますが、スピーディには発表されないので、海外からの情報の方が早いようです。どうやら、医療関係者の皆様は、ドイツの気象庁の情報を確認しているようです。

市民の命を守るためには医療は大切な課題であり、私は毎年、県立がんセンターが主催するがん会議にも出席していましたが、今年の2月に開催されたがん会議のテーマは「医療健康産業クラスターの構築にむけて」と言う医療、介護、健康関連産業に焦点を当てたプログラムであった事と、議会中であった為に参加をしませんでした。私には、あまり関係のないテーマでありましたが、参考のために資料が欲しかったので問い合わせをした時にちょうど今回の講演会の事を知りました。
偶然に知った講演会ではありましたが、山口総長の話は医療以外にも本当に勉強になります。

防災マップを確認してください。

浜岡原発停止の際に、菅首相は東海地震は、今後30年以内の発生確率は87%で、「いつ起こってもおかしくない」と切迫性が指摘されていました。
東海地震がより現実味を帯びている中では、震災後の選挙では富士市の防災対策を、多くの議員の皆様も演説を行った際に、取り組む課題の一つとして訴えていたのではないのでしょうか。

選挙終了後、議会でも、防災は最重要課題であるとし、地震防災対策特別委員会が設置されています。(私も特別委員会の委員です)
また、新たに議員になられた方もいますので、議員研修会が開催され、富士市の防災についての説明がありました。
防災危機管理課より、富士市地域防災計画、防災マップ、災害対策基本法、富士市防災会議条例、富士地域の推定震度分布図、推定液状化危険度図、富士市の東海地震被害想定、広域地避難計画、要避難地区、避難対象地区設定状況、救護病院一覧表、防災ヘリポート設定状況、応急給水計画の資料説明の後、質疑がありました。
今後は地震防災対策特別委員会において、想定外で片づけられることが無いような見直しや修正が図られなければいけない事でもあります。

昨年の4月に富士市の全戸に回覧板で富士市防災マップが配布されています。今回の震災を契機に多く方が防災意識を持っていると思いますが、議員研修で、富士市防災マップを見ながら、市民の皆様には防災マップは改めて見直して頂きたい事を感じました。配られた時に、どこかに片づけて見ていない方が多いのではないでしょうか。早急に、少なくとも避難場所だけでも確認してください。
災害時には、自分の身は自分で守るが基本ですので・・・

情けは人の為ならず

岳南法人会の通常総会に出席しました。
岳南法人会は富士税務署管内の4071社が加入していますが、本年度の会長に、田中機械の田中實氏が選出されました。

JCの尊敬する大先輩に当たりますが、分け隔てなくお付き合いをしてくれ、多くの方に慕われている立派な経営者でもあります。新会長就任おめでとうございます。

総会終了後、元社会福祉協議会の佐野孝氏より「情けは人の為ならず」と題した講演会がありました。佐野氏はユーモアたっぷりの話を1時間以上してくれたのですが、驚いたことは年齢が87歳である事です。元気であり、聞いている人に勇気を与えてくれます。
「情けは人の為ならず」という事に関しては、私も誤解していましたが、情けとして何かしてあげることはその人の為にならず良くない事であるという解釈をしていましたが、本当の意味は「情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良い」という事です。
佐野さんは社協の会長を長く務めており、話の中で含蓄のある言葉が数多くありました。
その中でも
「自分に感謝するのが思いやり」
「何気ない優しさをさりげなく出す」
等々、震災があり助け合い、支えあうことが求めらる中では、大変勉強になる講演でもありました。

始終笑いがあり、偉大なる87歳と言っても過言ではありません。

fきゃるで「仕事人図鑑」やってます。

 震災後、取引先の被害や景気の後退による雇用環境は悪化していますが、各自治体においても就労支援には力を入れなければいけない事でもあります。

富士市では、就労支援の一つに、委託事業として一般社団法人まちの遊民社さんがラホール1階に若者の為のキャリアデザイン支援室fきゃるを4月12日よりオープンしています。
fきゃるでは、若い人の仕事や就活についての悩み事相談室、仕事についての知識を高めるイベント、就活サポート講座などを開催しています。

たまたま、fキャルさんにキャリア教育について相談に行った時に、看板に掲示してあったのですが、現在、オープン企画という事で、様々な職種の方々をお招きして、職業インタビューの「仕事人図鑑」が毎週火曜日の18:30〜19:30まで開催されています。
既に、グラフィックデザイナー、幼稚園の先生、林業人、大工さんと終ってしまっていますが、5月31日は人材開発コンサルタント、6月14日は介護士さんと貴重な体験談が聞けます。
告知はしているようですが、まだ、あまり知られてないようですので、若者だけではなく、誰でもが参加できますので興味のある方は行ってみたらどうでしょうか。

2011ラトビアプロジェクト

「お父さん、お願い、行ってきて。」
「どこへ」
「ラトビアの保護者説明会」
「俺は、富士のふもとの大博覧会に行きたいんだけど」
「だって、私、同窓会のバス旅行に行かなければならないから、行けないの、お願い」

という事で、富士のふもとの大博覧会に行く前に、日本ボーイスカウト富士地区富士地区国際委員会が進めている「2011ラトビアプロジェクト」の保護者説明会に参加してきました。

私は、議員でもありますが、2人の娘を持つ父親でもあります。今年、大学生になった娘が、富士市のボーイスカウト・ガールスカウトの代表として、この夏にラトビアに派遣される4人の内の一人に選ばれました。保護者が集められたのは、今回のラトビアへの派遣はラトビアの基金やボーイスカウトまた富士市からの補助もありますが、個人での負担もあり保護者への理解とラトビアでのスケジュールの説明でもありました。

北欧にあるラトビアは、バルト海に面し、森林が国土の半分を占め、数千を超える湖と湿地が点在する国です。ラトビアと富士市のボーイスカウトは、シルバーウルフ章の縁で友好関係を持っています。
昨年の夏、日本ジャンボリーがあった際に、私の家にも、娘と同じ歳のラトビアのカトリーナがホームステイをしており、その時に、ラトビアへ行くことを約束していたようです。どうやら、娘が約束していたラトビアに行きたいと言う思いが早々に叶うようです。驚いたことに、ラトビアでは公式行事として、ザルトレス大統領、パブリクス防衛大臣への表敬訪問やラトビア大使館の訪問も組み込まれています。滅多にできない経験が、娘にはできそうです。
本当に、うらやましい限りです。
代われる事なら代わりたいと保護者説明会に出ながら感じました。
それと、富士市のスカウトの代表として、大統領まで会ってくるのですから、富士市からのボーイスカウトへの補助はもう少し多くしてもいいような気がしましたが、今すぐに要望をすると娘が行くからと言われそうなので、しばらくは様子を見ます。

被災地への支援は色々あります。

 

吉原のラクロスへ娘の用事で寄った時に
「パステルアート」で東北にエールを送ろう!!
と書かれた看板があり、立ち止まって見ていると、
「被災地へ応援メッセージを送っています。ちょっとのお時間があれば、ぜひご協力ください」
と声を掛けられました。

娘をちょっと待っていただけなので、
「え〜絵なん書けませんよ、時間も無いし・・」
「誰でも大丈夫です。手順でやる作業みたいなもので、お時間も10分くらいでできますから、被災地への支援ですので、ど〜ですか?」
そう言われると断る理由もないので
「私でもできるなら、せっかくですので、じゃあ、娘もいますから2人でやります」
と言って、NPO法人COCONETさんの
   心に太陽 ハートアートの輪 東日本応援プロジェクト
   〜パステルアートで贈ろう!あなたの応援メッセージ〜
に参加してきました。

チョークみたいなものを、茶こしで削り粉を作り、それを指に着けて、ぐるぐると紙の上をこすっていくのですが、やってみると結構楽しいです。ヒーリング効果もあり、色をぐるぐるとこする事により、癒しの成分が脳に出てくると言われました。言われてみれば、何となく、心が落ち着いてきます。指導されている方も、褒め上手で
「うわ〜淡い色使い、優しい絵になりますよ」
「素敵じゃないですか」
と言われると満更でもありません。
あっという間に出来上がりましたが、絵の上手下手は関係なく、被災した人達へ心の安定を進めるためにも色を与えることが大切だと言われました。

書いた絵は責任を持って、被災地へ届けてくれるそうです。

こんな形での被災地への支援があるんだなと感心すると共に、私たちにできる支援というものは沢山ある事を感じました。

皆さんも参加してみてはどうですか??

正、副議長、委員会が決まりました。

臨時議会が開催され、議席が15番に指定されました。2列目の左側となり、1期目とは見える景色ががらりと変わりました。これで、議会では15番議員として活動していきます。臨時議会では、今までとは違い、議会基本条例に則った中で、所信が書かれた立候補届が提出されている議員の正副議長の選挙が行われました。

その結果、議長に稲葉寿利氏、副議長に石橋広明氏が選ばれました。どちらも、議会が2元代表制としての役割を担いながら、開かれたわかりやすい議会として取り組んでいくとしていますので、所信の通り職務遂行を進めて頂きたいと思います。個人的にも、市民の皆様に議会や議員の存在意義を示せるよう努力していかなければと思っています。
2期目の私は
建設水道委員会委員
地震防災対策特別委員会副委員長
富士・愛鷹山麓地域環境管理特別委員会委員
議会だより編集委員会副委員長
としてスタートします。
特に、大震災を契機に新たに設置された、地震防災対策特別委員会の副委員長として、地域防災の見直しを含め、富士市の安心、安全の構築にはしっかりと取り組んでいくつもりでいます。
月並みな言葉ですが、”がんばります”

私にも「守りたい人がいる」

 

大規模災害に対して自衛隊の活躍無くして、災害時の救援、被災地への復旧、復興はあり得ないと思っています。
陸上自衛隊のキャッチコピーとして
「守りたい人がいる」“”Always for our people”、と言う言葉がありますが、富岳自衛隊の平成23年度の総会で耳にしました。

このコピーで言う「人」とは、愛する家族であり、ふれあう地域の人々であり、我が国の美しい自然や文化をも表しています。 陸上自衛隊員は、この「守りたい人がいる」を通じて、愛する人、愛する日本のために「事に臨んでは身の危険を顧みず任務に邁進する」という陸上自衛隊の存在の原点を明らかにし、逞しく頼りがいのある陸上自衛隊を目指すことを宣言するものであるとの事です。

「守りたい人がいる」本当にいい言葉ですね。

富岳自衛隊の総会後の講演会は、まちづくり推進会議に出席しており、遅刻してしまいましたが、遅れてきた私に、被災地から戻られたばかりの川崎富士師団長が、災害が起きてからの3日間が大切であり、しっかりした情報と適切な指示があれば、助かる命があることを熱く語ってくれました。
(押し寄せる津波の写真が展示されていました)

 
せっかくのチャンスと思い、私の富士市独自の自衛隊とのパイプは必要である事の意見を述べさしてもらうと賛同してくれました。
(川崎富士師団長と)

今後、富士市の防災について、様々な助言をもらいたいと言うと帰り際に、「荻田さん、富士市の防災についても共に考えていきましょう。連絡ください。応援しますよ」と連絡先を頂きました。

私にも、富士市に「守りたい人がいる」

ちょっとかっこいいかな・・・・

市立高校にて

キャリア教育についての打ち合わせに行ってきました。

ちょっとがちょっとじゃなくて・・・

このところ毎日、夜も会合がぎっしり入っており、その後の付き合いもしていると寝ている暇がないくらい時間がありません。
早く帰りたいのですが、こんなことを言われると帰れなくなります。

「ちょっと行こうよ」
「え〜・・・・・」
「2期目になったら偉くなって、付き合えないだ」
「そんなことはありません。じゃあ・・・ちょっとだけ」
と断りきれません。
断る勇気が欲しいのですが、今年になって選挙があった為に、夜のお付き合いを断ってきた経緯もあり、不義理をしていた後ろめたさが、余計断りづらく、やらなければいけない事に支障をきたしています。根が好きなためか、ついつい、一杯飲んでしまうと気が大きなってしまい帰る時間を忘れてしまいます。ちょっとがちょっとで無くなってしまいます。
このところ、帰りが午前様を過ぎてしまってますので
「お付き合いもほどほどにね。体を壊してしまうよ」
と家族に心配される日々です。
性格上断りきれないので、飲まない勇気ともう少し早く帰る努力をしなければ・・・・・(寝不足気味です)

でも、震災後、更に活気がなくなってしまった吉原の飲食店さんでは、
「祇園さんもやらないし、もっと飲みに出てもらいたい」
と行くとこ行くとこで要望されてしまいます。

災害支援報告

平成23年度須津地区福祉推進会の総会が開催され、終了後に福祉講話として、富士市社会福祉協議会の伊藤主事が被災地で支援を通しての報告をしてくれました。

伊藤主事は社協の職員として派遣され、岩手県の宮古市と山田町で「緊急小口資金貸付業務」を行ってきたそうですが、最初に被災地での状況を見た時には、涙がこぼれてきたそうです。
支援を行ってきた中で、支援業務とは別に現地で皆さんの話を聞きながらの問題点、まとめと次のように話してくれました。

災害時問題点(災害直後)
1、 物質の確保が難しい
2、 携帯電話等の通信手段は時間がたたないと使えない
3、 支援の情報等が得づらい
まとめ
○行政の支援の手が入るのは数日後のため直後は近所の助け合いが大切
○避難所等でも助け合いが大切
○普段から顔見知りの関係を築く必要がある
最後に、1週間の間には、復興は著しく進んでいく様子は分かったそうで、その中で、日常生活物資の支援も大切だが、無駄であるようなものでも(たとえば静岡県が持って行った鯉のぼりとか)被災地で笑顔がこぼれるよう心のつながりを感じるものであったり、インターネット等において遠くの地域からも応援している事がつたわる心の支援が重要であると感じたそうです。
まだまだ、復旧復興は時間が掛かることであります。
改めて、しっかりとした情報を得ながら、継続的な支援をしていく事が大切であると感じました。

ちなみに、講和をしてくれた伊藤主事は、宇東川にある清岩寺の副住職でもあるそうです。
若いのに道理で話しなれている訳です。

富士市水防訓練

豪雨シーズンを前に、富士市水防体制の一層の強化、及び水防技術の向上を図り、市民の水防に対する理解と協力を求めることを目的とする水防法に定める水防訓練が開催されました。本年度は、3月11日の震災における津波による被害も考慮しての水防訓練でもあったような感じです。

今回の訓練項目として
土のう作り及び積み土のう工法、木流し工法、五徳縫い工法、シート張り工法、月の輪工法、川倉工法等(様様な訓練工法がありますが、実際の災害時では、土のう工法位しか使われてないと思います)が行われましたが、すべての水防団が取り組んだ川倉工法に関しては、断トツの速さを誇ったのは、私の地元でもある須津水防団でした。

須津地域に対しては、水害常襲地として日頃よりの危機感があり水防という事については他地域に比べて意識が高い事が結束力があったのかもしれません。
どのような事態であれ、災害時には地域が一丸となる事が大切である以上、訓練項目として行われている事は実際の災害時に使われなくても水防訓練が重要である事であったと思います。
出来る事なら、本年度も災害がない事を祈ります。

視察幹事として検討中

議会運営会議が終了後、新人議員を交えての会派会議が開催されましたが、その際に、会派研修及び視察についての話し合いがありました。視察について私たち会派では、今まで、新人議員が中心になり段取りが取られていました。

私も今期から新人議員の枠が外れたはずでしたが、しかしながら、新たなスタートという事で、勝手がわからないだろうという事で、会長から
「3人でやってくれ。荻田君」
と名指しで私の顔を見て言います。
「3人と言いますと」
「いつもの2人と、新人の3人でやってくれ」
「へへ・・・・」
そういうことで今回も視察幹事です。
選挙後でいろいろな要望があると思っていましたが、当然、震災後の被災地への視察は要望として挙げられていました。ただ、被災地への視察については、物見遊山の観光のような形でいき、住民感情を逆なでたり、作業の障害となる交通渋滞や、撤去を行う被災住民の邪魔になるというトラブルも多くあると聞いています。被災地視察はあくまでも、現場作業の邪魔にならないことが鉄則でもあります。議員であるからこそ、その辺はしっかりとしなければならない事でもあるかもしれません。被災地視察と言われる中で、受け入れ先を考えると安易には決められないなと思いもありましたが、そのような事を考慮した中で、被災地の復旧復興のための作業の円滑な支援をしながら、視察案内のサポートをしている、三陸鉄道「被災地フロントライン研修」と言うのがある事を聞きましたのでネット上で調べました。

被災地への視察を含め、災害だけではなく、幅広く富士市にとっても私たちにとっても、必要な視察研修を週末、情報集めをしてから、次の会派会議で幹事として、提案しなければなりません。
パソコンにくぎ付けです。

中里のエイデンが完全閉店

「ちょっと困ったな」
と思うハガキが来ていました。
以前から噂はあったのですが、ついに、私の一番近くにあった中里地番の大型電気店でもある、エイデン富士本店が移転の為に完全閉店の挨拶が書いてあるハガキです。

エイデン富士本店は私の家からも車で5分程度の所にある広い駐車場のあるお店で、私自身もパソコンやデジタルカメラを購入しており、何かあった時にすぐに持ち込めるために、私にとっては、必要なお店でもあります。大型電気店内には、子供用の玩具も扱っており、クリスマスやお正月等大変に賑わっていました。また、エイデンの隣には、スーパーのピアゴ中里店があり、買い物をする人たちにとっても、複合的に便利な場所になりつつありました。そのエイデンさんが、今の場所から、吉原のエンチョー吉原店の向かいの場所である所に移転してしまいます。エイデンの撤退後の跡地利用は決まっていませんが、エイデンが無くなってしまう事により、お客さんの集客が落ちると、ピアゴも撤退なんてことになりかねいないか心配になります。地域において、今まで真っ暗闇であった場所に、大型電気店が出来た時には、明るくなり、地域の防犯にも一役を担ってくれていました。エイデンが撤退することにより地域に住む人たちにとっても、少なからず影響は出てくることでもあります。

ハガキには、新しいお店は6月中旬にオープンする為に、5月13日より、店内全品1品残らず売り尽くし特価で、「完全閉店」セールを開催するそうです。セールの間は賑わうでしょうが、閉店した後、一気に寂しい場所となってしまいます。
東部地域に住む人間として、エイデンに代わる集客ができる施設誘致を望みます。

心に染み入る言葉

私は、25歳まで原田で生まれ育ちました。
その後25年間は、須津地区の増川に住み生活をしています。養子に入り、苗字も変わり、荻田の先祖奉りをしていく使命もあります。今は、増川の円照寺の檀家ではありますが、実母の祖父母のお墓は原田の永明寺でもあり、お墓参りにも良く行きます。
子供の時は、湧水が湧き出る裏庭に入り込み沢蟹を取った覚えがあるお寺でもあります。

そんな懐かしい思いもある永明寺でもありますが、先日ご詠歌を練習している皆様へ挨拶に寄った時に、ふと目にした言葉がありました。
「人生は
    多くの人々の
     協力の中で 豊かになっていく」
本当にその通りだと、思います。

今までも、定期的にはお寺へ行っていましたが、気が付きませんでした。
選挙もあったせいか、心に染み入る言葉でもありました。
年を重ねていくと、様々な言葉が財産となってきています。

本格的スタート

5月9日に選挙の収支報告書の提出も終わり、選管より、「選挙に係る供託物の還付について」の通知を頂きましたので、早速、供託証明書を発行してもらい、法務局へ行き、供託金30万の還付の請求をしてきました。これでようやく、選挙が終わった後の事務的な後始末がほぼ終了と言う形になったと思います。(何か忘れていないか不安でもありますが・・)

すでに会派届も出されており、新聞報道でもありましたが、会派は3人以上とすることから、8会派から一つ減り、6会派と1無会派で会派構成がなされました。会派については、一般的には分りづらいところもあると思いますが、「議会内において考え方や政策などを同じくする議員が会派を結成し、独自の調査・研究を行い、 その考え方をより効果的に市政に反映させるよう活動しています」と説明されています。その上での判断で会派入りをしていますが、しかしながら、それぞれに様々な思惑や考えはあると思います。私は、自分自身の資質向上を進めていく上で判断した結果、引き続き、1期目同様市民クラブで活動をしていきます。
20日には臨時議会が開催されますが、正副議長の立候補者は、誰が出るのか、その他のポストについても駆け引きがどのように進むのか気になる所でもあります。
5月1日から、2期目のスタートがしていますが、昨日(5月10日)をもって選挙後の様々な事柄がほぼ終了しましたので、いよいよ、これからが、2期目の本格的なスタートでもあると思っています。
気持ちも新たに、雨が降っていますが、朝から、交通安全の出発式への参加です。

気が付けば、50歳。

私が所属している団体に商工会議所青年部(YEG)と法人会青年部がありましたが、どちらも50歳になると卒業をしなければなりません。青年部と名がついている以上期限が区切られた中で活動をしなければならない団体でもあります。私も若い、若いと言われ続けてきたような気がしましたが、気が付けば50歳。もう、青年ではないのかもしれません。

商工会議所青年部の総会の席で、卒業の挨拶をさせて頂きました。本来なら、3月に送別会が開催されるべきことでありましたが、震災があり、中止となり、総会で花束と記念品が新会長から渡される場所が用意されていました。この何か月間は震災、選挙と、本当にあっという間に月日が経ち、卒業の年になっていた事も忘れていたのですが、改めて、多くの皆様の前に立たされると、入会しての10年間が思い出されます。副会長も3回、最終年度は監事を務めさせていただきましたが、議員と言う立場をもらう前には、青年経済人として、様々な活動に取組んできました。経営者としての研修は元より、富士市のまちづくりや新交通システムとしてのLRTの導入検討・キャリア教育についても勉強をさせて貰いましたが、これらの事柄は引き続き自分なりに勉強をしていきたい事でもあります。今後は親部会で今までの経験をしっかり活かしながら、議員として少しでもお役にたてることがあれば協力をしていきたいと思っています。
「50にして、天命を知る」と言いますが、とてもそのような域に達していない訳で、まだまだ学ばなければいけない事を感じながらも、50歳が一つの区切りでもあるとして、YEGを卒業していきますが、これからも、今できることを精一杯やりながら、年を重ねていきたいと感じています。
10年間大変お世話になりました。
でも、いくつになっても、気持ちだけは、青年でありたいと思っています。

「わんぱく相撲」からも元気を発信。

震災後のイベント自粛で、わんぱく相撲全国大会が開催されるのか、心配をしていましたが、主催者である東京青年会議所で、わんぱく相撲全国大会についての見解として、震災後で失われた子供達に笑顔を取り戻すきっかけとする大会として開催すると4月12日に発表されています。

それに伴い、各地域において様々な事情はある中でも、予選会が開催され始め、富士市においても、5月8日に第22回わんぱく相撲富士場所が盛大に開催されました。

私も毎年来賓として参加させて頂いておりますが、わんぱく相撲に関しては、国技としての相撲を通じて、単に勝ち負けだけではなく、礼儀や相手を思いやる心を育てるために青年会議所が継続的に取り組んでいる事業でもあります。この大会での優勝者は、6月19日に磐田で県大会への出場をし、優秀な成績を収めると、全国大会として7月31日の国技館への出場となります。
(小学校の校長先生が見守る中での熱戦・女の子もいます)

子ども達の熱戦を見ながら、子供の喜ぶ姿や悔しがる姿に周りからも大きな歓声が沸きあがっていました。参加している多くの皆さんは笑顔で観戦しています。わんぱく相撲をみながら、この中から、全国大会の夢の舞台である国技館へぜひ行ってもらいたいと思いました。おそらく、各地域の大会おいて、わんぱく相撲を通じて、子供たちの元気が発信されている光景はあると思われます。
(笑顔、笑顔の子供たちと一緒に)(理事長も満面の笑顔です)

わんぱく相撲もそうですが、震災により、様々なイベントをやりたくてもできない地域はあると思います。被災地の事を考えると、軽はずみな事は言えませんが、何でも自粛ではなく、日本が復興に向かう為には、被災していない地域で出来る事、大人たちがやれる事を精一杯やり、将来の宝である子供達に不安を払しょくさせながら、一人一人が元気に、笑顔を取り戻す機会を与える事は大切な事であると感じました。

須津川渓谷の利用の仕方

私の住む須津地域の誇れる場所の一つとして、大棚の滝がある、須津川渓谷があります。須津川渓谷は愛鷹山系随一の美しい渓谷で、春は若芽、夏は小鳥のさえづりと清流には涼しさを、秋には紅葉、四季折々の風景を楽しませてくれる場所でもあります。

(偶然にもシカが4匹見れました)

また、運が良ければ、渓谷に住む、猿やシカに遭遇することができます。往復12キロ歩いて観光するには素晴らしい場所であると思っています。
現在、須津川渓谷周辺整備としてキャンプ場、炊飯棟、つり橋、遊歩道の整備もされており、市内はもとより遠く県外からも訪れる場所となっていますが、その須津川渓谷の観光を考えた中で一つの課題として、登山者やハイカーとは別に河原でバーベキューをやる方が多くいる事です。

特に今回のGWやお盆等の連休になると、ものすごい賑わいでもあります。バーベキュー事態は良い事であると思いますが、マナーには多少問題があるように感じます。と言うのも、ハイカーや登山者の為に設置されているトイレの周辺は格好のバーベキュー場所となって、いますが、トイレ駐車場はもとより、トイレ周辺にはバーベキューをやりに来た人たちの車が路上に連なっており、トイレや休憩で利用したい人たちには妨げとなっています。(本来バーベキューをやる為に作られたトイレではなく、河原はバーベキューサイトでもありません)

また、それ以外にもいたるところで路上駐車がされており、ハイカーにとっても景観的にはあまり好ましい状況になっていない感もあります。それと同時に、地域で毎年、須津川渓谷へ、下草刈りやクリーン作戦にいくと河原でのバーベキューの後始末の悪さも目立ちます。
今後の須津川渓谷の利用の仕方は、東部地域の観光施策を進める上で考えなければいけない事だと思っています。

楽しみと言えば食べる事

娘の事が心配で、家族で東京に3日から5日まで行ってきましたが、自粛ムードは解けた様で、買い物先では人人、東名では車車で疲れました。私にとっては、どこかに出かけての楽しみと言えば、食べる事があります。

某焼肉チェーン店で、食中毒で死亡者が出る事件が報道されていますが、東京では久しぶりの家族揃っての食事という事で、それなりのお店へ焼き肉を食べに行きました。(我が家は焼き肉好きです)

当然話題は、生肉についてですが、私は生肉や生卵が好きではないので、食べません。
娘たちは、生肉が好きで騒動があるのにも関わらず、
「ユッケは大丈夫ですか?」
と確認をしてから注文をしていました。
当然、お店からしたら、
「当店は大丈夫です」
と言う返事が返ってきますが、何となく心配です。(危ないと言って出すお店は無いとは思いますが・・・)
今回のチェーン店での事件は、安いと評判のお店での事件でしたが、安さを追求する事は良い事でありますが、安全性を度外視した安さは頂けません。改めて食中毒の怖さを感じながらも、食の安全基準がはっきりしない中で、このような事があると、多少高くても、それなりのお店で食べようという気がしてしまいます。値段で安心を買う訳ではないのですが、おいしく食事を取る事は出来ました。

また、焼肉以外には、昼間からランチビールや渋谷で学校の給食で懐かしいクジラ肉も食べました。本当に、何を買うと大騒ぎしている娘たちとは違い、私にとっては、東京での3日間の楽しみは食べる事だけでした。
でも、おいしいものを食べ、家にいる時よりも、ブログも掲載しなかったこともあり、ゆっくりと寝られてそれなりの休養にもなりました。
娘の用も終わり、5月1日より、2期目の議員としてのスタートもしています。休養もとったので頑張らなければ・・・