沼川流域委員会が終了しました。

第6回富士川水系沼川ブロック流域委員会において、今後20年における沼川流域の治水対策として河川整備計画(修正原案)が了承されました。沼川流域委員会は、平成19年、平成20年の沼川流域の被害を受けて、整備計画の見直しの為に、21年5月12日に第1回の沼川ブロック流域委員会が開かれ、その後3年間6回に渡る委員会が開催されてきました。

第6回の修正原案が委員会で了承された事により、この委員会の役目が果たされ終了となります。今後は、関係市長の意見聴衆、関係部局の調整をした後に認可申請をする整備計画の決定に向けての作業が進められていきます。委員の皆様お疲れ様でした。

私は予てより、議会においても沼川本線の整備及び石水門の拡幅等は要望してきました。このことについては市長、当局においても認識はしてくれています。市としても要望はなされています。
整備計画での考えとしては、沼川本川の整備についての必要性は認識しているが、全体の治水安全度をあげるための整備をすべて同時に進められないため段階的に整備をすすめることしている。最終的な修正原案では、「10年に一回程度発生すると想定される規模の洪水による家屋浸水被害を概ね解消することを目標に、本計画では段階的な整備として、最下流である狭窄部となっている沼川橋水門橋(石水門)をはじめ本支川の流下能力が不足する区間の内近年洪水による家屋浸水被害の発生頻度や規模などから優先的に被害を軽減する地区を選定」となっています。とするとやはり、河川整備に関しては、莫大なお金と時間を要す訳ですので、本川整備及び石水門の拡幅等は20年先の計画になってしまうようです。(諦めきれない思いはありますが・・・)
また、河川整備計画の費用対効果も報告されました。全体としては、約5でした。江尾江川は約2、小潤井川、伝法沢川約11。
投資効果として、被害額を建設費で割った数字でもあります。江尾江川に関しては、費用対効果が低いわけですが、家屋が少ない地域でもあり、道路や田んぼ等の被害は数字には見込まれていないような気がしますが、どうなんでしょうか?費用対効果が低いという事で、事業が後回しにならない事は要望したいと思っています。
最後に座長の東海大学斉藤名誉教授から、
「自然災害を完璧に防ぐことはむずかしい。小さい災害は防げるが、危険地域に住んでいる人たちは逃げる、水害対策はあくまでも逃げるための時間を稼ぐ施策である。もう大丈夫はない。逃げ遅れて死ぬと言うほど馬鹿な事はない、命を守るには、逃げる。自然災害対策の根底である」
と語られ委員会は閉められました。
どんな対策をとろうと、想定外で片づけられてしまう現実はあります。
流域委員会は終わりました。
私も傍聴をし続けてきましたが、地域の水害対策は引き続き取り組まなければいけない事でもあります。

昭和28年発刊「浮島が原開拓史」


先日、納屋を片付けた際に、興味深い本が出てきました。
昭和28年発刊の「浮島が原開拓史」です。
私が生まれる前の本ですが、現在も水害に悩まされている地域の事が綴られていました。

かつて、浮島が原の農地はしばしば泥水で一面が湖水になる惨状の解決に向けて,沼川沿岸排水管線改良事業が着手されたのが昭和8年。
昭和放水路を始め予定の諸工事を終えたのが昭和18年。
永年水と苦闘した沼川水害予防組合が最後の事業として治水記念碑を建設すると同時に浮島が原開拓史の編纂がされました。

この本は私達の郷土の先人たちがいかに水と戦ったのかが記録され、昔の人の業績を後世に伝える資料でもありました。
本編として、
第1章初期の開拓と防水の問題
第2章初期の防水対策
第3章防水対策(準備時代)
第4章防水対策(科学的調査時代)
第5章防止対策(實行時代)
第6章浮島が原干拓事業期成同盟会
第7章沼川水害予防組合
第8章第一期工事の進行
第9章昭和放水路の着工と完成
第10章完成後の事
現在取り組んでいる東部地域の水害対策についても、過去の歴史を検証する事は大切な事であると思っています。
2月8日、沼川流域委員会が開催されます。
どの様な整備計画が示されるか気になる所ですが、「浮島が原開拓史」をその前に熟読しています。
勉強になります。

石油コンビナートの津波対策

東日本大震災での、石油化学コンビナートがある場所の被害は甚大であった事を受け、富士市の田子の浦港にも、石油基地があるので、日本有数の石油化学コンビナートが臨海部に形成されている四日市市でコンビナートの津波対策がどのように成っているのか視察報告です。

四日市市の津波対策として三重県では、昨年10月に「東日本大地震と同等規模の地震を想定した場合の津波浸水予想図(速報版)」と参考に11月に暫定版として、避難すべきラインを示した四日市市津波避難マップが作成されています。富士市でも、独自の想定をした上での対策は求められていますが、あくまでも、国の第4次被害想定を待っての対応としていましたので、対応の早さにはちょっと驚きでした。

四日市臨海部には3つの大きなコンビナートがありますが、コンビナートの概要は、第一コンビナートに26事業所、第2コンビナートで10事業所、第3コンビナートで14事業所コンビナート全体では50事業所があります。

また、コンビナート含む事業所等別危険物施設は4351あります。各事業所とも施設の耐震性等現行の法令基準を満たしており多くの事業所では地震発生時における詳細な規定、マニュアルが整備されており適正に運用されています。今後の方針としては、三重県石油コンビナート等防災計画の習性提案、中央防災会議による被害想定の見直し、国の危険物施設の地震、津波対策に関わる法令改正対応と更なる地震対策、大津波への事前対策を積極的に推進していくとしていました。
今回、コスモ石油製油所も視察しましたが、広さと設備には圧倒されると同時に、民家がすぐ隣にあると言う状況は、現在では石油コンビナートも安全で安心な施設でもあり、石油製油所は公害発生の迷惑施設でもあると思っていましたが施設の隣に住民が住んでいる事に驚きました。(施設内は撮影禁止の為写真はありません)
3,11の地震の際には、千葉県市原市のコスモコンビナートが爆発しています。鎮火するまでに大分時間はかかったようですので、コンビナートでの防災力の強化は必要な事であると感じましたが、田子の浦のコンビナート基地とあまりの規模の違いに圧倒されました。

地震対策の動向は・・

首都圏でマグニチュードM7級の直下型地震が4年以内に70%の確率で起きる可能性があるとの計算結果が、報道された事により、地震への危機意識が高まる中で富士市の地震防災対策特別委員会が開催されました。
防災危機管理課長より、今後の国・県・市の動向ついての説明がありました。
それによると今後の予定としては

国において、本年4月頃に3連動地震(M9)による最大クラスの地震動・津波高の公表
国において、6月頃に直接的被害の被害想定推計値の公表
県では、8月頃に国の推計値公表を受けて県内の詳細の地震動・津波高の公表
県では、10月頃に浸水域の公表
市は、10月以降に県の津波浸水域の通知を受けて、富士市津波ハザードマップを作成、全戸に配布
県では、平成25年6月頃に県防災会議、第4次被害想定の公表
市は、平成25年6月以降に第4次被害想定を受けて、富士市地域防災計画を全面的に修正
との事ですが、あくまでも一応目安という事です。
その他の報告としては、市内の津波避難ビルの指定は32件。
海抜表示板については公共施設180か所や民間幼稚園保育園等50か所の施設設置は終わっており、年度内には合計800か所に設置がされるとの事です。また、3月11日の震災の日に合わせ、市民の意識高揚を図る上で津波訓練を実施するとしていました。
いつ起こるかわからない地震。
改めて大地震が起きる前に少しでも、減災が出来る対応が進めばと感じます

災害時での議員の対応は・・

28日朝、地震がありました。
すぐに、東海地震かと思ってしまいましたが、揺れは小さく、山梨を震源とする地震で、東海地震及び富士山噴火に関係するものではなく、富士地区では震度4が観測されましたが、ちょっと落ち着いてから、まちづくりセンターへ様子を聞きに行きました。

土曜日でありますが、職員が地域からの連絡を受けていましたので、「何か異常はなかったのか」確認をした所、被害報告はない状況でもあり、一安心でした。
地震が起き、改めて感じる事として、大規模な災害が起きた時、議員は、議会はどのような対応をしたらいいのかです。
市においては、災害対策本部が開設され、市長を本部長として情報収集をした上で様々な対応をしていきます。地域においても、職員がまちづくりセンターにおいて対応がなされます。議員は、各地域のまちづくりセンターへ詰めればいいのでしょうか?
私は、災害が起きるとまちづくりセンターへ行っていますが、それも明確な指示はされていません。水害が起きた時は、地元の水防団の詰所に待機していますが、地震に際しては地域の避難場所へ行けばいいのでしょうか?
自治体においては、議会で災害対策本部を立ち上げている所もあります。例えば、越谷市では、災害時における議員としての役割や行動を明確にするため、「越谷市議会における災害発生時の対応要領」を制定されています。これにより、災害時には必要に応じて議会内に「災害対策支援本部」を設置し、市の災害対策活動を支援していくとともに、議員自らが迅速かつ適切な災害対応に取り組んでいくものとしています。議会内に災害対策本部を設けるという事まではいかないまでも、富士市での災害時においての議員の対応は、どの様にするべきかは、統一した考えを持たなければいけない事であると思っています。
31日にも地震防災対策特別委員会が開催されます。
副委員長と言う立場も頂いていますので、委員の皆様の意見を聞きたいと思っています。

2012富士市消防出初式

消防職団員の士気を高揚し、職務遂行への決意を新たにするとともに、富士市消防の全容を広く市民に公開し、消防に対する理解と認識を深め、併せて市民の安全意識の啓発を図るために、2012年の消防出初式が消防団、消防職員、関係者及び市民が集まり盛大に開催されました。

富士市の火災状況は
平成23年は総出火数は、平成22年に比べ、12件増加し101件。
主な出火原因としては、
1、 たばこ 22件22%
2、 放火、放火の疑い 13件13%
3、 電灯、電話等の配線9件 9%
です。
毎年恒例の行事でありますが、2012年は、昨年、東日本大震災を始め、多くの災害に際して、改めて、消防団と消防職員の連携は最重要である認識のもとでの開催でもありました。

来賓の細野原発大臣も、災害時での消防団の献身的な活動を誇りであると称賛すると共に、地域の安全、安心の為に尽力している事に深く感謝の意を述べていました。

富士市消防出初式の写真コンテストが行われていますので、私も写真を撮りまくってきました。

締め切りは1月26日だそうですが、
どうでしょうか、事前に審査してみてください。(ダメでしょうか??)

今年は災害の少ない年であることを念じます。
          

地域でも自主防災訓練

富士市の全地域で一斉に地域防災訓練が行われましたが、私の住む地域でも、区長、町内会長さんを中心に多くの住民が集まり訓練を通じて防災意識の向上を図りました。

今年は、大きな地震もありましたので、しっかりとした防災訓練の必要性はありましたが、9月の地域の防災訓練が大雨注意報が発令され、中止になった経緯があります。

私は、地震対策特別委員会の委員でもありますので、しっかりした対応ができるよう市で配布された、「防災マップ」と「自主防災地震対策の手引き」に事前に目を通してから参加しました。
「地震対策の手引き」の中にも書かれていましたが、予想される第3次被害想定による富士市の被害は、最悪の想定として、人的被害、死者304人  被害人的重症者1170人(*この中には、津波、道路への落石等による死者の想定はありません)建物被害、大破8728棟中破14722棟一部損壊14455棟とされています。(後は手引きを見てください)被害の、多発想定地区に須津地区は含まれています。その意味では、しっかりとした防災訓練の必要性はあります。
今回は、いつ災害が起こるか分からない事を考え、誰でもが消防機の放水ができるよう町内別、中学生、また女性でも動かせるように手順を説明しながら実際に作動させていました。

実際、大規模災害になった時、あちらこちらで火災が発生した場合、消防車が駆けつけてくれるか分からない状況はあり、自分たちの手で初期活動をしなければいけませんが、いつも大人の男性がいるとは限りません。

なるべく多くの人が動かすことが出来る事は重要なことであります。また、室内では応急処置の講習会も開催されましたが、多くの方は参加しているとはいえ、地域全員が参加しているのはないので(若い人はあまり参加していません)、自主防災の強化は地域で助け合うと言う認識を広めなければいけないのも課題であると思いました。
それと同時に、防災マップ、地震対策の手引きは、定期的に確認する必要性はあると感じています。
 でも、基本はやはり、
「自分の身は自分で守る、家族は家族で守る。地域は地域で守る」
です。

我が家でもブロック塀撤去事業。

3月11日の東日本大震災、3月15日東部地震、実は、我が家にも被害がありました。家の塀が崩れており、選挙や忙しさにかまけて、隣に家に迷惑はかけないように崩れた部分の応急処置はしてありましたが、壁にはヒビが入っており危険な状態で、ようやく、本格的な工事をする事になりました。

市では倒壊の恐れのあるブロック塀に対しての撤去や、立て直しに対して上限で10万円までの補助金が出ます。(知っていますか?倒れてしまった塀ではだめです詳しいことは建築指導課へ)震災後、多くの方が申請をしていました。我が家でも事前に建築指導課へブロック塀撤去事業の補助金申請を申込み、先日、現場確認をしてもらい補助金の対象になる事が確認できました。と言う事で、工事業者が入る前に、壊す塀の工事個所に出入りできるように、納屋の撤去をしなければならなくなり、納屋の片づけをしました。(この事が、塀の撤去のネックになっていました)

議会前で忙しいのにと思いながらも、父親は体が不自由なために男手である私が片づけをさせられました。取り壊す納屋は90年以上の古いもので、中に入っている物は、既に使わなくなった農機具や茶碗、食器、古本等々私が知る限りでも30年以上手つかずに置いた埃が被ったものばかりです。父親のお宝があるようですが、埃がかぶっている為に、価値があるのかどうかも分かりません。
(古物商が開けそうな感じです。スキー、ローラースケートは30年やってません)

中には私の青春時代の思い出でもあるスキーの道具やローラースケートが出てきて思わず懐かしさのあまり、「お〜」と声をあげてしまいます。埃にまみれながら、真っ黒になりながらなんとか一日かけて、整理ができ、工事に入ってもらえるようになりましたが、どっと疲れが出ました。
これから、暮れまでの間は、工事に入り、車も自由に出入りできなくなりますので、また、自転車に頼る不自由な生活が始まるかもしれません。と言っても近くに車を置かせてもらって結局は、車を利用してしまうと思いますが・・・
震災から8か月以上経ち、我が家の被害場所の復旧作業が始まります。

被災地ボランティアに参加して

宮城県石巻市の石巻専修大学内にある石巻市災害ボランティアセンターへ訪問し1日ボランティアに参加してきました。震災から8か月経ち、石巻の同じ場所に7月に来た時より大分片付いており、建物の上にあったりした車や船は無くなっていましたが、未だ瓦礫の処理はされないまま、山と積まれています。

石巻専修大学に設置されたボランティアセンターでの受け付けも縮小されたようで、目立った看板等も無く、分りづらかったです。また、ボランティアも大分少なくなってきているようで、以前は校内(敷地内の芝生)にテントを張っての滞在型ボランティアの方々多くいたようですが、今はありませんでした。
何とか受付を済ませ、ボランティアシールを胸に張り、個人宅への泥かきに行きました。

行った先は、日本製紙石巻工場の裏にあるお宅でした。依頼者の方の家も流されてしまい、複雑な気持ちはあるにしても、「もう、笑うしかないよ」と当時の凄まじい生々しい話をしてくれました。作業的には、撤去する建物の回りの泥だしをしましたが、表面の乾燥したところは埃ぽく、下の土はヌメッとしています。ヌメッとした所が津波で流されてきた土、所謂ヘドロです。匂いはしなくなってきたとは言え、変な匂いはしました。

あり難い事に依頼者の方は、私達の慣れない手つきの作業にも温かい目で見てくれました。聞けば、市のボランティア協会の会長さんでもあるそうです。私達も、たった1日のボランティアでは何が出来たという訳ではありません。少しだけきれいになった所はあるとはいえ、まだまだやる事があるようです。今回のボランティアでも、少しでも、手助けになれば、また、痛みを共有できたらと思う気持ちもありましたが、依頼者の方に飲み物を出してもらったり、「復興が済んだら、必ず、皆さんのところで、何かあったら駆けつけるからね」と笑顔で声を掛けられるとかえって申し訳なく感じてしまいました。月日が経つ中では、段々と災害に対しての気持ちは薄らいでいきますが、現実には、多くの方が困っています。決して偉そうなことは言えませんが、機会があれば、また来なければと言う思いはあります。

瓦礫の処理を自治体での受け入れの話があります。個人的には実際に、ちっとも変わらない惨状を見ると何とかしてやりたいと言う気持ちは当然起こります。政府のあまりにも遅い対応に関しては、困ったときはお互い様と言う観点からも、各自治体で安全が確認できたら早い段階での市民への理解を促し協力する必要性は感じます。ボランティアに参加して、いつどのような災害が起こるかわからない状況を考えても、改めて何かあった時にだけ助けてもらえると思うのは都合の良い話でもあると思っていますので・・・

「今、地震や津波を考える」

富士市立博物館では、緊急テーマ展として平成23年10月22日より11月27日まで富士市における過去の災害を中心とした「今、地震や津波を考える」〜富士市の災害史〜と題した災害史展を開催しています。

展示では今までの災害状況と今後の想定が分かるような地形の模型もあり、来館者の皆様に防災意識の向上を図る事を目的としています。
現在、日本各地で地震や津波といった災害に対する関心が高まり、危機管理の意識を持つことの重要性が叫ばれています。
先日の浮島での防災講座でも、危機管理課の職員から宣伝がありましたが、議員ボックスにもチラシが入っていたので地震防災対策特別委員会の委員としては見に行かない訳にはいかないと思い行ってきました。

静岡県は40年以上前から東海地震発生が予定されており、今後30年間の間では87%の確率で地震は起こるとされています。宝永の富士山噴火と地震、安政地震、明応の津波等の被害を受けた富士市も大きな災害と深い関わりがある地域でもあります。

展示テーマとして
1、 安政の大地震をはじめとする富士市を襲った巨大地震による被害状況の古記録
2、 中吉原宿に代表される津波や高潮の被災状況
3、 地震の被害想定や避難場所を図示した地形模型
4、 ロシア軍艦・ディアナ号の上院救出の記録パネルや資料等
5、 東日本大震災の災害状況写真パネル
です。観覧料は無料。
歴史を知った上での災害対策は必要な事であると思います。良い勉強となりました。
一度見に行く価値はあります。行ってみてください。
来週、宮城県石巻市、女川町にボランティアを兼ねた視察に行ってきます。

視察から防災講座へ直行!

3日間の建設水道委員会での行政視察から戻ってきましたが、移動が多かったせいかちょっと疲れました。でも、休んでいる暇はありません。と言うのも、地域で防災意識の向上を図る為に、防災講演会を浮島まちづくりセンタ—で開催されているために、荷物を置いて直行しました。

私も地震防災対策副委員長と言う立場もありますので、地域においても、今取り組んでいる事を説明したいと思っていました。

防災危機管理課の職員からの防災講座では、第3次想定による浮島地区の被害想定が示されており、人的被害や物的被害の数字を見せられると会場ではどよめきがありました。一通りの説明はありましたが、気になる所は、やはり、浮島地域としては液状化と3連動による津波被害でもあります。液状化は地域で起こるとしていましたが、具体的な被害は示されませんでした。また、3連動については、国、県の指針待ちである事は分かっています。取り立てて目新しい話でなく、防災マップに書かれている事を分かりやすく話してくれた感じでもありました。しかしながら、防災意識という事は日が経つと薄れていくので、地域においては、防災講座等を開き、定期的に意識向上は図る事は必要な事であると思います。私からは、水の確保として、浮島地区は簡易水道地域でもありますので、今後の課題として災害に備えて早い段階での水道統合に取り組まなければいけない事でもある事は訴えてきました。
視察報告は、すぐに掲載しなければと思ったのですが、防災講座出席のため、後日とさせて頂きます。悪しからず。、

台風で困ったことが・・・

新聞でも、台風15号の被害が報道されていましたが、被害と言う事ではありませんが、台風15号上陸し、大雨と風の中で、活動をしてたのですが、困ったことが起こってしまいました。と言うのも

大雨の中、「家屋への浸水が心配になって来たので、、沼川への排水ポンプを大至急回して頂き、少しでも、水を流してもらいたい」と言う要請があり、農政課へ連絡を取ってくれと言われました。ところが、雨の中で電話をしようとしたら、横殴りの雨が携帯にかかり、雨で電子回路がショートしてしまったのか、携帯が使用不可能となってしまいました。どこを押しても、電話が作動しません。慌てて、雨のかからない車の中へ移動したのですが、使用できません。タオルで拭いて、電池を抜いて再起動をしましたが、ダメです。携帯電話に防水機能が付いてないので、雨の中での連絡は無謀な行為でありました。どこにも、連絡がとれなくなってしまい、どうしたらいいのかと途方に暮れてしまいました。幸いなことに農政課の職員に偶然会うことができ、排水機の事は伝えることができましたが、その他の所へ連絡をする手段が閉ざされており、他の状況も確認ができないことに、改めて携帯が使用できなくなった時や、携帯が繋がらない時の、携帯以外の情報収集や連絡方法は考えなければいけない事を痛切に感じました。携帯が繋がらなくて困っています。

また、地域では、停電が1日近く続き、詰所でも電気がない為にテレビから情報が取れずに困っていました。簡易水道も止まり、生活に支障がでており、困っています。市へ行って、何とかしてくれと言われましたが、電気は東電管理なのでどうにもなりません。(今は復旧しましたが、しかしながら、台風がさった後も、停電が断続的に起こって困っています)
台風15号では、災害時での連絡や情報が取れないことによる不安を感じました。
それとは別の困ったこととして、万騎沢の調整池を確認に行った時に、ちょうど,風が強い状態で、体制を崩して、塀に体をぶつけ、肩を強く打ちつけてしまいました。
肩の方は、その時は痛みをかんじませんでしたが、家に帰ってから痛みが出てきました。シップを張っています。肩が痛くて困っています。

台風の影響により、私にも様々な困ったこと起きました。

台風15号上陸、地域では・・・

台風15号が4年ぶりに静岡県内に上陸しました。4年前にも、台風4号が上陸し、大きな被害をもたらしました。悪夢が再びと言う思いはありましたが・・・

しかしながら、私は、企業会計の決算委員会が開催されていましたので、台風が来ている中での、病院会計の審査をしなければいけませんでしたが、水害常襲地に住むものとして、気が気ではありません。また、当局側では、部長以上が、防災服を着て出席をしており、余計に、心配になってきました。
午後3時に、委員会終了後、テレビで状況を確認すると、午後2時に浜松に上陸,慌てて帰路に着いたのですが、途中いつもの冠水道路場所ではすでに、交通止め表示がされており、地域の建設業者が張り付いています。

家に着いたのが午後、3時30分、合羽とヘルメットを着けて、問題個所への見回りに出かけました。すでに、地域水防団が詰所を開設しており、現場での作業をしに、出ているとの事で、浸水の危険がある地域へ急行しました。

水は溢れており、消防ポンプで汲み出しをしていますが、大雨の中では、家屋への浸水が心配になります。一通り問題個所は確認しましたが、先月の25日より、雨量は少ないようで、雨による被害は思ったより大丈夫かなと私自身の感覚では感じていました。

どちらかと言えば、風が強く、看板や瓦も飛んでおり、倒木により、道路がさえぎられているような状況もあります。また、電線が切れかかっているところもあり、その関係からか、地域では停電し、信号も止まっていました。

夕方5時過ぎには、雨足も弱まり、ちょっと一安心でありました。
相変わらず、冠水箇所はあちらこちらにあり、道路は冠水し、交通マヒはおこしていました。今回の一般質問での水害対策を通告してありますが、この雨の中の活動も踏まえよりリアルに質問をしたいと思っています。
改めて朝になったら被害状況の確認をと思っています。

住みたいまちでの液状化

東日本大震災で地震、津波、放射能とともに、その恐ろしさを実感したのは、「液状化」でもありました。会派で震災後5カ月過ぎた8月25日に液状化被害の現状を踏まえた浦安市に、視察へ行ってきているので、遅ればせながらの感想です。

浦安市は言わずと知れた、東京ディズニーランドがあるまちです。(私の妻も知り合いが浦安に住んでいて、ディズニーランドにいつも行けて羨ましいと常日頃言っていました)
東京駅から京葉線を利用すれば10数分でいける利便性、また海に近いリゾート感覚が漂うおしゃれな街並みは若い人にとっては憧れの住みたい場所でもあります。その新浦安で、震災直後、東日本の津波被害とは別に、泥水が溢れだし、深いところでは膝下まで、歩道ではマンホールが飛び出し、戸建て住宅や電柱は傾き、道路には段差が生じ、交通が遮断された上に、上下水道のインフラは機能不全となった状況は、津波とは違う惨状が映し出されました。
埋立地が液状化しやすいという事は良く聞いていましたが、実際、液状化の発生しやすい条件として、「地下水位が高い」「浅いところから緩い砂層が存在する」「砂層の粒径が均質である」「震度5強以上の揺れ」と言う4つの条件です。埋立地ほど液状化の危険度は高い事は言うまでもない事です。
5か月経ってはいましたが、液状化の被害として、地盤が沈下することで、戸建て住宅は不同沈下起こして傾き、地下では液状化による浮力を受けて、歩道にマンホールが飛び出しています。
(住宅街の家、 電柱や郵便ポストも傾いています)

下水道など配管も勾配により破損し、1カ月に渡り下水道の使用が禁止されていたそうです。マンションは至る所に建設されていますが、地中深くまで支持杭を打ち込んだマンションは被害がほとんどなく、接する道路や敷地の地盤が沈んでしまう、「抜け上がり」と言う現象が起きている事も確認できました。

現在の新浦安市は、仮復旧は終わりインフラ整備が今までのように使えるようになっているようでしたが、本復旧までは、数年はかかるとされています。
(住宅の水平化工事現場・水道の仮復旧菅で接続・段差がある中でコンビニも営業)

今後の課題として、下がってしまった道路面地番の復旧水準を行政がどこに設定するかです。
(道路には至る所にレベル表示がされています)

復旧レベルが確定されなければマンションなどの外構レベルが決められないので、いつまでも、仮のスロープで対応しなければなりません。

余りにオシャレな高級住宅街や高層マンションが立ち並ぶ地域の惨状は、被害に遭われた方々には申し訳ありませんが、資産価値が大幅に減少してしまったことを伺えると共に、今までの、住みたいまちと安心、安全な街は違う事は感じずにはいられませんでした。
私の住む東部地域には、埋め立てをした土地区画の場所や基礎杭を打っても流されてしまうほど軟弱地盤の場所が存在し、その意味でも浦安市の出来後は他人事ではないような感じを持って現状を見てきました。

防災監視カメラの拡充を

 
台風12号が過ぎ去った後、湛水防除事業として、19000トンの調整池が建設され始めている、近くの江尾江川調整池を(視察???)見に行ってきました。と言うのも、こう雨が降る事が多いと水害対策としての監視体制がちょっと気になっていたので・・・

農業基盤整備の予算削減だとか、事業評価の見直しとか言われていましたが、県営湛水防除(田んぼの保全)の事業とはいえ、生命や財産に関わる水害の軽減にとって、大切な事業である以上、水害常襲地である東部地域にとっては一刻も早い完成が待たれています。

江尾江川調整池は、工事は着々と進んでおり、現在まで、雨による大きな被害も無くて、一安心です。完成までは工事業者が災害時の対応を取っていますが、雨が降った時の監視体制は強化しなければいけない事でもあります。
富士市では、国交省が設置しているカメラや主要水門の運転状態及び河川の上流水位、下流水位等のライブカメラを設置し水門、ポンプ場、調整池に対しての映像を確認しながら浸水被害の情報を収集できるようになっています。(先日も災害対策室で確認しています)しかしながら、東部地域には、水害被害が考えられる場所が多くありながらも、監視カメラが設置されていません。異常気象で想定外の雨が多くなる状況下では、どのような災害が起こるか分かりません。大雨の中での現場への確認は危険も付きまといます。そのような意味でも、カメラによっての対応は益々必要であると思っています。今議会でも、津波対策としての監視カメラの補正予算がついています。

調整池工事現場の入口には現在、監視カメラ作動中の看板がありました。

「お〜、防災監視カメラが設置されているのか」
と思いきや、工事現場での資材の盗難防止の為の監視カメラでした。
人があまり来ない場所での工事現場でもありますので、資材の盗難もあるようです。
実は、災害時での監視体制の強化として防災監視カメラについての拡充も一般質問でしたいなと考えています。

東部地域の建設中を含む調整池や河川、排水ポンプ場へのカメラ設置は検討すべき事でもあると思っています。どこに着けるのが適切なのかと思いながら工事現場と江尾江川調整池を見てきました。
ここのところ、また、蒸し暑い日が続いています。
大雨が降らなければいいのですが・・・ちょっと心配になっています。

災害対策本部室で委員会開催!!

地震防災対策特別委員会が、消防防災庁舎3Fの災害対策本部室で開かれました。災害対策本部室は、実際に災害が予想される状況になった時に、市長が本部長となり、災害対策本部が立ち上がり、災害時の対応を行っています。今回の委員会では、委員の皆様に災害対策本部室を見てもらう目的もありました。

災害対策本部室では通信機器は勿論ですが、60インチの大型モニターが6台設置され、最大240インチの画面で映し出すことが可能であります。市内に監視カメラが設置されており、国交省から送られてくる河川、海岸の映像や河川課管理の水門や調整池の映像が配信されてきますが、国交省から配信されてくる映像はかなり鮮明で車のナンバーや顔の認識まで確認できます。モニターを確認しながらも、対策本部から同報無線も即座に対応できるシステムの説明もありました。監視カメラ自体はもともと、河川の氾濫や高潮の被害が主な監視であり、津波対応では無かったと思いますが、今議会で新たに緊急津波対策として、田子の浦に津波監視カメラ2基が設置される予定になっているようです。更なる充実が進められています。
 災害対策本部での委員会では、富士市独自の想定については、前回の委員会でも難しい事が話されていましたが、改めて当局見解として、現在、示されているのは第3次想定被害での津波高3,8メートル以外の3連動を踏まえた富士市の独自の基準設置は、市で専門家に依頼しなければならなく、しっかりとした根拠がない発表は市民への混乱を招くとし、あくまでも国、県の指針を待ってからの対応をするとしています。また、来年の夏には、新しい想定がなされるが、県としても年内に中間発表を予定しているとの事でした。
現在、津波避難ビルの指定の取り組み始まっており、津波避難タワーについても堤防の17メートルより海抜が2メートル位高いものが設置される予定でもある事が説明されましたが、津波に対しての独自の想定はできないとしながらも、富士市の少しでも市民の心配の払拭をする為の対応の速さには驚いています。
しかしながら、震災以降、防災意識が高まってはいるものの、津波避難対策にばかり目が行きすぎているような気がします。今回の1000年に1度の震災での津波被害は甚大であり、あまりに衝撃的な事でもありました。富士市では、津波対策が少なかったことも確かですが、ここの所の台風による豪雨の紀伊半島の被害を見て、津波での被害と同様な風景を見ると津波中心の防災であってはならない事を痛感しています。特に私の住む地域は水害常襲地でもあり、他人ごとではなく、常に水害についての心配が付きまとっています。
津波対策を進めながら、津波も含め、地震での倒壊、台風や異常気象による水害、土砂災害等々どの様な災害においても、備えに綻びが無いようにしなければいけないと災害対策本部の席に座りながら思いました。
 また、災害対策本部の機能が充実することは素晴らしいことでもありますが、使用しないでいるのが、一番でもあるとも思っています。

地域防災訓練は中止でしたが・・・

9月1日防災の日。
大雨警報が発令されていたために、市から防災訓練が中止となったことが広報塔より流れてきました。

朝の時点では、雨が止んでおり、冠水箇所の見回りを終え、中止とはいえ、私が住む地域においても防災訓練が朝9時より予定されていましたので、訓練場所の氏子会館へ行くと、区長、町内会長が集まり、地域での対応が協議されていました。
「市が中止と発表した以上、住民も来ないだろうし、学校も訓練中止という事になるだろうから、応急救護の講習会も用意していたけど、中止にするしかないだろうな」と町内会長さん達が話していました。
「でも、雨が降ろうと地震は来るはずだろうから、本来、こんな時こそ、訓練するんじゃないの」と言う意見も出ていました。
広報塔による、中止発表だけでは、伝わらない人もあるから、ある程度の時間は、訓練場所にいなければと話されていた矢先、中学校では、先生が避難場所に生徒を連れていくと言う情報が、父兄から連絡が入ってきました。
「市としては、中止だけど、それじゃ、せっかくだから、中学生だけでも応急救護の講習もやろう」と中学生を交えた訓練となりました。
出来ると時に、出来ることをやった方が良いと言う判断であったと思います。
(室内で応急救護を学んだあと、中学生にもアルファ米が支給されました。)

 私自身は、延期して改めて防災訓練は行われると思っていたのですが、地域では行事も多く、改めて準備をするのは難しいので地域での訓練は次回の12月まで行われないようです。
しかしながら、いつ、どのような形で災害が来るかわからない状況では、数少ない防災訓練の中止は気になる所です。

大きな震災があった時だからこそ、何らかの形で、自主防災の強化が求められている以上、防災訓練が中止になったものの、それ以外にも地区住民の防災意識の向上を継続的に図ることを取り組んでいくことが地域の課題でもあります。
なんでもそうですが、のどもと過ぎればというように、時間が経つと防災意識も薄れていき、忘れがちになってしまう恐れがありますので・・・
*台風の接近が気になります。しかしながら、今年は雨でも悩まされる年でもあります。

東部地域の水害状況

視察から帰ってきて、翌日、朝1番で改めて大雨による東部地域の状況を確認してきました。また、25日の状況写真を頂きましたので掲載します。

8月の観測史上最大の雨で、河川が決壊した場所、道路冠水箇所、山崩れ、湛水防除事業でのポンプ稼働、等々様々な問題がありましたが、とりあえずは、人命や家屋に関わる大きな被害にまではいたっていないことが確認でき安心しました。

現場を回った後、河川課、農政課、まちづくりセンターへは顔出しをして、水害状況と当局対応がどのように成っていたのかを伺ってきました。水害対策は、河川、道路、山、田んぼ等々についてあり、市の河川課、農政課、林政課、防災危機管理課、県の土木事務所、農林事務所と多くの課、県関係が携わっています。市民からすれば、どこの課であろうと、県の事であるとしても関係なく、一刻も早い対応を望んでいます。また、先日、県の沼川流域委員会が開催されていましたので、その事についても、市で状況を聞きましたので、今後の課題を地域に持ち帰り検討ははしようと考えています。

東部地域は水害常襲地であり、今回の雨を含め、県営事業の湛水防除の関係からか何人かの県議が視察に入ってきています。
しっかりと現場を見て頂き、県関係についての事業を進めていただく事を強く期待しています。

大雨被害、視察中でしたので・・・

8月25日、雨。
私は、会派視察で、長野県から移動して、視察先の八王子、浦安にいました。
朝、東海地域特に静岡県。24日未明より25日にかけて前線が活発になり、富士市でも大雨が降っている状況の連絡がはいりました。

水害常襲地でもある東部地域での被害が出てないか心配で、電話を入れると、土砂降りの雨が降っており、9時過ぎで時間雨量45ミリが観測され、道路冠水はもとより、河川が決壊しそうである事が分かりました。地元の建設業者さんに連絡すると、すでに、決壊しそうな場所で、ポンプアップして対応しており、市の河川課、まちづくりセンターでは状況を見守りながら対応しているとの事でした。その状況を聞き、視察先からすぐに戻るべきかどうか、考えたのですが、新幹線も止まっており、天気予報では、雨は午後になれば止むようでしたので、視察は続け、様子を見ることにして、被害が出ているようなら、戻ってから被害があった場所の対応をしようと考えていました。視察中も、河川課からも、連絡が入ってきており、断続的な雨で、河川が決壊した所はあるものの、家屋の浸水までは及ばなかったと報告も聞きましたので、戻った時に詳細を確認することを伝え、視察を最後まで続けることにしました。
その後、富士市の24時間雨量は25日午後4時現在、8月の観測史上最多となる262ミリを記録した事が報道されており、状況は大変であった事は分かりました。
視察先から夜戻ってきてから、暗い中ではあるものの、決壊した場所や、冠水場所を確認してきました。
いつも私は議会でも言っていますが、私の住む地域は雨が降ると安心して、どこかへ行く事もできません。
水害対策は進めてはいるものの、被害減少に向けての対策は更に進めなければと思っています。

**水害被害が気になったものの視察は、有意義なものでもありました。報告は今後、掲載していきます。

市民が納得できる防災対策とは・・

第1回目の地震防災対策特別委員会はすでに開催されていますが、3月11日の未曽有の大震災を受けて、市民が気にしている想定外の地震に対しての対応をどのようにしていくのかが基本的な問題として挙げられています。1回目の委員会において、当局は、3連動に対しては、国、県の指針を待っての対応であるとの見解が述べられています。

地震防災対策特別委員会は、議員自らが立ち上げた委員会として、その問題を含め、第2回目の委員会では、当局を交えずに各会派での考え方や今後の協議事項の検討がなされました。現在の東海地震を想定した第3次想定での防災計画に対して、それ以上の3連動の防災に対して(特に津波対策)をどのようにしていくのかはこの委員会に期待されている事であるような気がします。
その意味でも、当局を交えず、忌憚のない意見を出し合う必要性があり、今回、委員会は開催されたと思っています。
国、県の指針は、来年にならないと出てこない状況でもある事を考えると、他の自治体での国、県の指針を待たずに、市独自の基準を定め、防災対策を求めるという考え方も当然あり得る事ですが、市独自の基準を進めることは難しいとしている当局に、改めて、国、県の指針待ちである当局見解を確認しなければいけない事であると思っています。その上で、委員が共通認識を持ち、現状を踏まえて、当局との隔たりを少なくして、市民の不安を解消する実効性のある対策や見直しを考えるべきで事であるような気がし、ます。
スピード感を持って市民の納得する不安防災対策をとっていくのかが、委員会として大きな課題であると思っています。
次回は当局を交えての委員会が9月6日に開催される予定です。
興味のある方は、傍聴を・・・

防災ラジオ、大人気

災害時の情報収集として、防災ラジオは有効な手段でもあります。
3月11日の東日本大震災、3月15日の東部地震を受けて、市民の防災意識は高まっています。

その表れなのか、消防庁舎で防災ラジオの配布が10日に行われましたが、配布に3000台と制限がある事と1人につき1台と言う制約があるせいか、朝早くから、防災ラジオを求めて、殺到していました。

多分購入目的の関係であると思いますが、駐車場も一杯でした。
ちなみに市の負担金として、個人1000円、企業2000円です。
ただ、購入しても、ラジオが受信できないという苦情も多く、出力数を挙げたりしていますが、アンテナ設置をしなければいけない状況でもあります。詳しい防災ラジオについての使い方を、知りたい方は、市のホームページで確認してください。
我が家でも防災ラジオは、以前購入してありますが、難聴地区なのか、ラジオの入りが良くありません。アンテナを別につけなければと思っているのですが、未だそのままになっています。もしもの時に、役に立たなければ意味がありませんので、至急、アンテナ設置をしなければと、購入している人たちを見て思いました。

忘れてはいけない風景。

2011年3月11日、金曜日、午後2時46分震度7マグニチュード9の巨大地震は津波の高さは15メートルに達し、まちが消えました。死者、行方不明は6県合わせて2万8500人以上、忘れてはいけない事でもあります。

(仙台駅では、七夕祭り一色です)

そんな思いを持って、宮城三陸を中心に、個人的に被災地支援を兼ねた視察に行ってきました。被災地へは仙台から入りましたが、仙台市では、すでに震災の暗さは感じず、逆に、震災バブルなのか、(ホテル、飲食店は混んでいます)人、人でごった返していました。(実際、震災により、仙台市には人が被災場所からは基より、全国から集まってきているそうです)
とりあえず見てきた宮城三陸の被災地報告を簡単にすると、高速道路を石巻河南ICから下りて、しばらくは地震や津波の被害はありませんでしたが、石巻市役所周辺から様子が変わり始め、道路の陥没や家が壊れていたり、瓦礫が散乱しはじめました。観光地でもある松島でもそんなに大きな被害は確認できませんでしたので、思ったより大したことが無いのかも思っていたところ、ある地点からの海側は深刻な被害に変わっていきます。
(車は至る所で、転がっており、ビルの4階の上にも車がありました)

石巻でも南三陸でも気仙沼でも、海側の地域では、鉄骨だろうが車だろうが、見るも無残な姿が未だ確認できました。また、倒壊した建物の中でも、水産工場があったような付近は、何と表現したらいいのか分からないような、腐敗臭がし、さらには大量のハエが飛び回っています。
(瓦礫が山になっています)(未だ処理ができていない処も)[病院内の撤去作業)

一瞬で飲みこまれた津波の恐ろしさを、まざまざと目、鼻、耳で感じながら、すでに、道路や倒壊した建物の瓦礫は取り除かれた所が多いものの、南三陸町においての、何も残っていない風景は、戦争の経験こそありませんが、爆撃にあった後、焼け野原の映像をテレビで見た時の、終戦時の日本と変わらないのではと思いました。月日が過ぎようと、それは、忘れられない、忘れてはいけない風景でもありました。
その惨状の現場に立つと、5か月たった今も、復興にはどれだけかかるのか、私には検討もつきませんでした。
改めて被害に遭われた皆様には哀悼の意を申し上げます。
今後、自分なりの報告を、もう少し詳しく掲載するつもりでいます。

*深夜、家に着くと、いきなり震度4の地震があった事には驚きました。被災地を見てきたばかりなので、3連動の地震でなくて・・・良かったと胸をなでおろしました。

津波対策は・・・

議会で一般質問がスタートしています。
災害関係の質問で、津波に対しての対策として、現在、津波避難ビル候補は149連ある事が報告されました。また、富士市には、海抜表示板は93か所、避難場所表示板は48か所設置されています。

東海地震での津波予想は、2,6メートル〜3,8メートルとしていますが、日本一と言われる17メートルの防波堤はあるものの3連動の地震が来た時にはどのように成るのか市の対応が気になる所でした。恐らく想定外の事も考えなければいけないのですが、避難場所としての3階以上のビルが無いところには、避難タワー等の設置などが求められていました。
そう言えば、避難タワーに関しては、昨年大阪の会社から、津波避難タワーのパンフレットが送付されていましたので改めて見ました。

すでに沼津の西浦、内浦、木負地区にタスカルタワー(避難タワー)が設置されている事が掲載されていました。また、歩道橋を使った避難場所の設置の資料があり、確認すると津波、冠水での有効な施設であることは感じました。
富士市では、避難タワーの設置より、避難施設のなりうる複合公共施設の視野にいれての検討をしていくようです。
(被害が大きいと予想される内浦)

そういえば、4月に沼津に用があった時に、あちらこちらの電信柱に海抜表示や避難場所表示が設置されており、写真を撮ってきましたが、富士市ももっとわかりやすいところへの増設しての海抜表示や避難掲示板が必要であると感じてました。
私の住んでいる地域も海抜3,7メートルと表示してありましたが、大丈夫なのでしょうか・・・・・・(誰かが、土地改良区を走る新幹線の線路も避難場所に指定しろと言っていましたが・・・)
質問を聞きながら、ふと思い出しました。

東海東南海大地震勉強会

備えよ!東海東南海大地震〜駿河湾沖の津波の本当の威力とは!?〜と題して東海大学海洋研究所地震予知研究センターの長尾年恭先生の勉強会が開催されました。
今後想定される地変として、以下の事が考えられます。

・房総沖ないし青森沖でのM8クラスの地震
・アウターライズ津波地震(M8クラス)
・想定東海地震(連動の可能性極めて大)
・富士山の噴火(富士山は極めて若い火山)
気になる東海地震及びその津波は?に関しては、東海地震が来ることはすでに予想されており、それがいつ来るかと言う問題であります。また、東海地震で必ず大津波が発生します。静岡県の第3次被害想定では、基本的に東海地震が単独で発生した場合を想定しているが、現在の地震学の知識でも、歴史的に確認されている事実からも東海地震は過去1500年間で単独で発生した例は存在しません。現在ほとんど学者は次の東海地震は最低限東海及び東南海地震が連動し、さらに南海地震まで連動する可能性は極めて高いと考えているそうです。3連動を含めた、国、県の指針が一刻も早く出されることが求められていますが、時間はかかるようです。
津波対策への一考察としては、現状では根本的な解決策はなく、
・屋上のカギの解錠・屋上の手すり整備
・水平避難から、鉛直避難へ
としており、「Flood Map」で津波の浸水地区の確認ができることが話されました。
グーグルサイトの「Flood Map」は、水位の上昇によって水没する地域が分かるシミュレーションで、住んでいる地域が1〜60メートルまでどのように成るか確認できます。これは結構優れものであり、想定外の津波が来た時の参考になると思います。(自分の住んでいるところを確認してみてください)
地震の予知に関しては、前兆すべりが確認できれば、確実に地震が来ることが、伝えることが出来るが、24時間前位までの予知しかできないとしていました。しかし、24時間前に予知できれば、かなりの対策が打てるような気がします。でも、予知ができても、伝達方法が確立できなければと思っていたのですが、テレビやラジオで十分対応できるとの事でした。まだまだ、聞き足りない部分はありましたが、いい勉強になりました。
今議会では、地震関係の質問が多くされます。想定外の地震に対して津波を含めどのような対応がなされていくのか、多くの市民が注目をしていると思います。
市としての回答がどのようなものか気になる所です。

通行止めでも車は通行します。

私が議員になってから取り組んでいる大きな課題の一つに東部地域の水害対策があります。雨が降っても安心して生活できる地域になる事が求められていますが、大雨が降ると、水害被害が出ないか心配で問題個所を見回りに出かけます。

週末にかけて各地で大雨があり、被害が出ているようです。沼津市の大野では住宅街で床上浸水の被害が報道されていました。
(境の市道冠水場所) (江尾江川) (ポンプから沼川を確認)

東部地域でも大きな被害は報告されていませんでしたが、もう少し雨が長引いたり、時間雨量が多かったら水が溢れそうなところはありました。
相変わらず問題であるのは、土地改良区にある2工区の吉原〜浮島線、中里〜田中新田線、4工区の江尾〜柏原線の3路線では、いつもの問題箇所で道路冠水がありました。雨が降り冠水すると、地元建設会社のご協力により通行止めの標識が設置されます。

道路冠水についての問題は議会でも取り上げており、ブログでも何度か掲載していますが、昨年の7月31日にも、「道路冠水を侮ってはいけません」と冠水場所の現状を載せ、生活道路の改善として道路維持課や農政課に要望をしてきています。

特に、2工区の吉原〜浮島線は主要幹線道路として、多くの車が通行しており、不便をきたしています。ただ、問題なのは、通行止めをしても、通行する車が多い事です。いくら先を急いでいるかもしれませんが、冠水している道路を車で走るのは、いつ車が止まってもおかしくなく、安易に通行をするのは危険な行為でもあります。冠水場所は深いところだと60センチにも達していますので、水深5〜10センチでもマフラーから水が入り止まってしまうと言う例がある事を考えればいつ止まってもおかしくない状況です。また、JAFが行った実験では、タイヤがほぼ漬かる水深70センチでパワーウインドウやライトが誤動作するそうです。

実際、今回の冠水場所でも車が立ち往生している状況もありました。
生活道路の改善は、地域の問題としても重要ですが、今の状態を続けていくと大きな事故になる恐れも感じます。道路維持課も農政課も確認はしてくれていると思いますが、一刻も早い冠水場所の改善を図る対応をお願いしたいことでもあります。。