紙わざ、正に神技にびっくり!

 

本当にびっくりです。
「これが紙でできているの?」と思うような芸術作品が「紙わざ大賞IN紙のアートフェスティバル」において展示されていました。

富士市は水が豊富なことから製紙業が多く、紙のまちとしても有名であり、紙の文化があります。国文祭においても紙のアートフェスティバルが開催されていました。

紙のまち富士市ならではのイベントでもあり、見学をしたのですが、紙で作った芸術的作品に感心すると共に、改めて紙の持つ幅広い多様性、可能性を感じる事が出来ました。

紙わざ大賞に関しては、ペーパークラフトでまちおこしに取り組む静岡県島田市の市民グループ「島田紙わざ探検隊」が19年前から開いている全国公募展の入選作のうち、大賞作など歴代作品が展示されていました。
一つ一つの作品に驚かされます。
(世相を飲み込む様子を表現した新聞紙製の巨大ワニ(かわにぐつ)(生のぬけがら)

飛びだす絵本ですが、100匹のヒツジが出てくるのは正に、神わざです。

(段ボールで作られた絵)(ペンギン・シマウマ・豚まるで動物園です)

すばらしい作品を楽しく拝見できました。
まさしく紙わざアートです。

ご当地グルメを堪能しました。

中央公園で開催されている商工フェアとふじさんめっせで開催されているペットフェスタに顔を出したのですが、出店しているお店を回るとお腹が一杯になってしまいました。

商工フェアでは「つけナポ横町」が出来ており、どのお店でも500円という値段設定で気軽に食べれるようになっていました。多くのつけナポ店が出店しており、迷ってしまいますが、新たに29番目に登録された私の近所にあるフランス料理店のデリス愛鷹亭のつけナポを買い求めました。デリス愛鷹亭のつけナポはテイクアウトのみで、お店では食べる事ができない貴重なつけナポで地元神谷のトマトとエビやイカタコなどの魚介が入った贅沢なつけナポでもありました。とても美味しく頂きました。

 その後、鷹岡商工会で力を入れているお米を使ったひらひら鍋をごちそうになりました。300円で提供していましたが、ひらひら鍋は、紙の文化としてコメ粉を紙のように薄くひらひらにしてネーミングを付けたようですが、見た目は餃子の皮のようなモノで、もちもちとした食感がとても良いです。商工会の村松婦人部長も大変な力をいれようで、市の補正予算で頂いた補助金で新たな製造を進めると熱く語っていました。
 

また、場所を変えてふじさんめっせでは、青年会議所が取り組むかぐや姫茶漬けのPRを兼ねたブースが出店されており、花鳥風月さんのオリジナルかぐや姫茶漬けが無料で配布されていましたのでおいしく頂きました。
 3つの、ご当地グルメを堪能したのですが、もうお腹いっぱいで食べれません。
 つけナポリタン、ひらひら鍋、かぐや姫茶漬けと富士市ご当地グルメとして、なんとか根付くようにどの団体にいおいても力を入れ始めているのが、色々なイベントに行くと富士宮焼きそばと競い合うように出店している状況をみるとよく分かります。 
 多くの人が集まり、情報発信され、この地に無くてはならないご当地グルメになるよう期待はしていますが、飲食というのは飽きられるのも早いのでブームとしての一過性で終わらない事を期待いたします。
 まだまだ道のりは険しいのかもしれませんがそれぞれに切磋琢磨し富士市の代表するご当地グルメとなって頂きたいとお腹が一杯になりながら感じました。

「山口市議会基本条例」を勉強しました。

 今、全国各地の地方議会でこの条例を作る動きがありますが、富士市においても議会改革特別委員会が設置されており、議員発議による条例制定が研究され始めています。

私も2元代表の一翼を担う立場として、議員提案の条例制定は必要な事であると認識し、それに先駆けて、山口市で勉強させて頂きました。
条例制定が進む背景には、地方分権に拍車が掛かり、地方自治体の権限と責任は拡大し、議会の果たすべき責務は一層重要性が増しています。また多様化する環境変化に対応し、住民自治拡充の為にも市民行政及び議会が一体となって真の地方自治の実現に取り組んでいく必要があると思っています。
山口市議会は、山口県内では初めて、平成21年3月議会で議員提案による「議会基本条例」を全会一致で可決しました。 この議会基本条例というのは、議会や議員の果たすべき役割や機能を明確するという条例ですが条文には、議会と議員活動の基本原則、委員会の活動、議会の機能強化などが謳われています。
山口市では、1年以上かけて30回以上の研究会を重ねて、条例策定に取り組みました。議会においても総論賛成各論反対と言う侃々諤々の議論があり苦労はしたようですが、議長の強い全会一致で可決したいという要望の中では、何か新たな事をするのではなく、今ある姿を条例化していく事としたので結果的には理念条例とはなりました。しかしながら、条例制定を取り組みは、議員にとって作る過程が重要な事であり、それと同時に市民に対しての大きな情報発信につながります。
議員として、議会は市民の信頼を礎にその負託に応える責務があり、市民の意思を代弁する合議制の意思決定機関である事を常に自覚し、行政経営について監視と評価を行う責務を有し、積極的に政策立案及び政策提言を行うと共に条例制定を進める事が必要な事である事をしっかりと認識しなければいけない事でもあります。これは、私が市会議員になってから、「議員とはと?」聞かれた時に必ず答える話でもあります。当たり前の事かもしれませんが、条文化することにより、分権化時代にふさわしい議会が実現されていくと思います。

山口市議会議場は驚くほど明るく、対面式演壇であり、質問時間は1時間で一問一答制が取られています。質問者は、毎回34名の議員から20〜25名が登壇する意識の高さが伺われます。(富士市議会も近年では質問者が多くなっています)また、ケーブルテレビ配信もあり、傍聴席にはモニター画面が設置されており、傍聴者に対しての配慮も施されていました。
富士市議会においても参考としなければならない事でもあります。今後の議会改革委員会でも活かして頂ければと思いました。

ちょうど山口市長選の最中でしたが、山口市の市役所前の道路は、日本の道路100選に選ばれるきれいな道路(パークロード)です。

視察中の話題は(麻生邸はすごい)

 3日間行政視察の為、富士市を離れていたので、留守中に何かあったかは移動中に話される訳ですが、特に大きな話題として、吉原商業高校の名前の決定や市長が選挙公約として富士宮と合併を推進する事が報道発表された事を聞きました。

商業高校の事も文教民生委員会の米山議員が副委員長の為、当局より連絡が入り、平成23年4月改編開校される正式名称は「富士市立高等学校」と報告がありましたが、名称を一般公募し、多くの応募があった中では、選定の基準はあったものの案外ありきたりの名称になったなと言うのが聞いた時の感じでもありました。また、そのときに市長が予てより、市政報告会でも話していた、道州制を見据えた上での財政力や人口力のしっかりした基盤確立の為に環富士山の広域連携が必要であり、その段階として富士宮との合併を進める事が選挙公約で出された事も視察中の話題になりました。視察中で議員同士、色々な意見が交わされ訳ですが、其々考え方も違い勉強になりました。視察中とはいえ、やはり気になるのは富士市の事です。
 今回の視察でも、多くの事を勉強させて頂きましたが、報告書の作成はいつものように担当になっていますので詳細は後日提出した際に報告しますが、富士市の話題意外に視察中の話題としては、視察先でもありました前首相の麻生さんの出身地である福岡県飯塚市において、華麗なる麻生一族の歴史とグループ会社でもある麻生病院また、山一つを所有する2万坪の大邸宅(中は見る事はできませんでしたが家の周りをぐるっと見る事ができました)を拝見しました。
麻生さんにはびっくりです。

(ベット数1000床の麻生病院)(果てし無く続く塀)(麻生邸宅門)

東京の渋谷にも時価50億といわれる麻生御殿がありますが、60ものグループ企業を持ち、飯塚市の観光の名所になるような邸宅は聞きしに勝るとてつもない大金持ちでもある事がわかります。カップヌードルの値段がわからない事や高級ホテルのラウンジや料亭が当たり前の感覚と言うのは生まれた環境を見れば頷けます。
鳩山さんそそうですが、首相になられる方は、けた外れの大金持ちです。

また、石炭で繁栄を極めた筑豊地区においての芝居小屋の名残として現存する個人経営としての芝居小屋としての嘉穂劇場も見学させて頂きました。建物は古いのですが、1200人収容でき、市外より人が集まってきており満員になるそうです。

視察内容とは異なる事ですが、河川整備も力を入れているようで、まちの中を流れる遠賀川も憩いの場所としてきれいになっていましたが、過日も遠賀川が溢れ、水害により大きな被害が生じ、2003年には嘉穂劇場でも床上浸水の被害に合われたそうです。議会においても水害については大きく取り上げられている内容であるそうです。
 私の地域においても水害問題があり、他人ごとでは無い気がしましたが、総理大臣がいる地域においても、河川が溢れ水浸しになっている問題解決できていないと言う事は、治水・利水としての河川整備は私の地域においても簡単には解決できない問題なのかなとも思ってしまいました。

今週も行政視察中!

 先週、27日から29日まで文教民生委員会の視察で東北へ行っていたのですが、今週の4日より6日まで九州を始め西の方角に行政視察へ行ってきます。

色々な所へ出かけられて羨ましいと言われそうですが、休み祭日は、文化祭を始め多くのイベント開催されており、連続して家にいる事が出来ない状況は、母の亡くなった後の後始末の家の事が何も出来ない状況であり、本音を言わせてもらえれば行かなくていいなら行きたくないのが実情です。
今回の視察は
1、「熟年マナビ塾」について 福岡県飯塚市
2、議会基本条例について  山口県亀山市
3、地方分権制度について  大阪府池田市
以上の3項目ですが、貴重な時間を使っていくのですから、しっかりと勉強をしてくるつもりですが、富士市を空ける日が多いと帰ってきた時、色々な事が起こっており、不安になります。また、今回も移動が多いので、疲れから体を壊さないよう(特にインフルエンザ)健康管理は気をつけたいと思っています。前回の視察報告も掲載できていない分もありますが、まとめて報告はするつもりです。
では、行ってきます。

産科医が存在しない都市では・・

富士市において、昨年、中央病院において提携先の慈恵医大よりの産科医の引き揚げに伴い、産科医の医師不足による問題が大きな問題となりました。その後、浜松医大と話がつき、現在では5人の産科医が確保出来た中で存続がされています。

 しかしながら、医師不足は多くの地方自治体においては深刻な問題であり、産科医が存在しない都市においての、現状とその対策として行っている岩手県遠野市の「ねっと・ゆりかご」を視察してきました。

 遠野市は岩手県のほぼ中心部に位置し、柳田国男の「遠野物語」で知られる独自の歴史や文化を持つ自然豊かな人口3万2千人、高齢化率は33.4%と高く、出生率は1,79と低い状況でもある少子高齢化が進む小さな市でもあります。

 その遠野市において、2002年4月に岩手県遠野病院の産婦人科が閉鎖され、遠野市内で分娩できる施設が無くなってしまいました。その為に市内の妊婦は山を越え、遠くの市外の病院へ通院しなければならなくなり、市内でお産が出来ない市になってしまいました。閉鎖後5年経っても、医師の再配置がない状況に地域周産期医療システムを再デザインした中で、県と遠野市において、行政と助産師と医師が協働する体制を構築する事に取り組み、2006年に妊産婦の不安を軽減する事を目指した「遠野型助産院ネットワーク構想」が進められ、遠隔地におけるモバイル胎児心拍伝送装置を利用した遠隔妊婦健診の取り組みが始まりました。そして、2007年に公設公営のITを活用した県内初の妊婦支援施設で産科医が一人もいない医療過疎地の試みとして市営助産院「ねっと・ゆりかご」が開設されました。

 システムとしては助産院から送られてくる伝送データを市外の産科医が見ながら診察し適切な出産、入院時期などを助言します。また、双方向カメラで妊婦と顔を合わせながらの対話も可能なシステムとなっています。
「ねっと・ゆりかご」は医師不足がもたらした中で、ITを利用し、遠野市助産院が拠点となり、県内医療機関、産科開業医、緊急搬送の確立をすべく消防署との連携により成り立っていますが、理想としては、やはり常勤の産婦人科医の確保に尽きると思います。しかしこのシステムにより、医師の負担が軽減することにより医師誘致へ環境整備につながると考えられ、開業支援金と合わせた中で積極的な誘致活動は進めていくそうです。この取り組みの将来構想は、遠野市が「安産の里」の実現が出来ればと説明してくれました。
2010年には遠野物語が発刊100周年を迎えますが、伝説や昔話で語り継がれてきた河童や座敷わらしが今も存在しているかのような史跡や自然が残っています。まちの中には河童がモチーフとされたものが随所にありました。
(交番もかっぱ)(池にもかっぱ)(神社でもこま犬ではなくかっぱ)どこでも、かっぱです

心のテーマパークと言われる遠野市では子供を育てる事を望む人達に、安心して住める福祉の里としても力を入れていました。
今回視察をし感じた事は、富士市では、中央病院の産科医が確保され、開業医が存在する事は恵まれた状況であり、今後もこの体制が崩れないような医師確保は最重要課題として取り組んでいかなければならない事を痛感しました。

中小企業は淘汰の時代

「地域経済活性化のための中小企業の変革課題」のテーマで東洋大学経済学部の増田安良教授の講演を聞く事ができました。

主な内容としては、日本経済の現状・展望、民主党政権の経済政策と課題、成長産業は何か、中小企業の運営、金融の動向、地域経済活性化の為に、でしたが、大学の教授である為に、話の内容は資料が多く大学の講義のような感じでもありました。
 気になる点としては、政権交代により、「コンクリートから人へ」とし、公共事業の打ち切りを始めとした企業救済から個人救済へ変換され、企業経営を救う経済対策がない中では、企業が事業転換や高付加価値を付けた経営をしなければ生き残れないとしていましたが、わかっているけど簡単にはいかないのが中小企業の経営だと思います。
 また、亀井大臣が発表した返済執行制度は、既存の融資の借り換えを国の信用保証にするとか猶予期間は3年間とするとなどの検討中の項目はありますが、問題点として、民間の賃借契約に介入であり、財産権の侵害にあたり、新規貸し出しはかえって抑制され中小企業には逆効果とし、執行前には、リスクのある企業の貸し剥がしが始まるとしています。確かに、すでに私の知っている会社でも、銀行の貸し剥がし、貸し渋りによる倒産が現実に最近ありました。昨年にも増して、年末から年度末にかけて、中小零細企業の倒産は増える事は予想されます。
 今までの政治が悪いと言われればそれまでですが、不況下における政権交代により、中小企業は淘汰の時代に突入したのかもしれません。一体どうなっていくのでしょうか、大いに不安でもあります。
 企業収益が減る事は、今後、自治体財政も弱まる事は考えられます。
 

新市施行の記念日に、

11月1日は、昨年富士川と合併をした新市施行の記念すべき日でもあり、色々なイベントが開催されていました。あっという間に1年が経ってしまったのですが、記念すべき日に行われていた私が参加したイベントの掲載していない分を、ダイジェストでお伝えします。

 まず、富士市の26の地域においても、国文祭と連携した中で、文化祭が開催されています。すでに須津地区の文化祭に参加したのですが、一番東の地域の浮島地区の文化祭にも参加してきました。ありきたりですが、歴史、伝統、環境の中での風土が生み出す文化はその地域特有のもので、地域の大きさではなく、どの地域においても誇れるものであるというような挨拶をさせて頂きました。本年は、国文祭もあり、「ふるさと浮島を識る郷土資料展」がまちづくりセンターで開催されており、この地域の歴史、また、貴重なお宝があり、目の保養と勉強になりました。
(式典風景)(吉原自動車学校の高田さん)(須津地域の交通指導員の西山さん)

 次に、平成21年度富士市表彰式典では、富士市長表彰3名、富士市教育文化スポーツ奨励賞3名と2団体、富士市地域社会貢献者褒賞受賞10名が栄誉に浴されました。郷土の発展の為に限りない情熱と豊かな人間性を持って精励努力された方々で、ご功績に対し心から敬意を表すわけですが、その中でも、懇意にしている方や地域の方もおり祝福をさせて頂きました。

 
 
 ロゼでは、国文祭の美術展として写真展が11月1日まで開催されおり全国から応募された写真が展示されていました。また、外には盆栽も展示されています。
また、富士川の楽座では、国文祭に事業である漫画、出版フェスティバルが開催されていましたが、さすがに体が一つしかない為、残念ながらいけませんでした。
新市になって1年色々な事がありましたが、新たな1年の幕開けも多くのイベントが行われていました。

スローフード宣言都市・気仙沼

 

 

 日本で唯一の「スローフード」宣言都市であるふかひれで有名な宮城県気仙沼市へ視察してきました。


 気仙沼市は宮城県の北東端に位置し、東は太平洋に面し、南は南三陸町、西は登米市、岩手県一関市、藤沢町、北は岩手県越前高田市に接しています。太平洋に面している三方を海に臨む半島や複雑な入り江等、素晴らしい景観を有するリアス式海岸となっており、そのリアス式海岸は陸中海岸国立公園及び海中公園の指定を受けています。

人口は7万5千人で水産業は全国6位、カツオの水揚げ量とふかひれの生産は日本一の全国有数の漁業のまちであります。昭和61年には「「魚食健康都市」を宣言するなど食に対しての取り組みを早くからしており、平成13年に「食のまちづくり協議会」が設立され、平成15年には今回の視察目的である、「気仙沼スローフード」都市宣言をし、合併に伴い改めて平成18年に新市として「気仙沼スローフード」都市宣言を行いました。
 現在、気仙沼が取り組んでいるスローフード運動は、料理そのものだけに関心を持つのではなく、自然から私達の口に運ばれるまでの過程についても思いを巡らし、生活の中で育まれてきた食を次世代に伝え、個性的で魅力あるまちであり続ける為の取り組みだそうです。スローフードと言うと誤解されがちですが、ファーストフード全体を否定する事でなく、ゆっくり食べる事やグルメの事でもなく、またスローフードと言う特定食べ物(郷土料理)やメニューではないと言う正しい理解をして頂いた上で、スローフードの4つのポイントは、
1、おいしく食べる。おいしく提供する
2、食べる選択肢を増やす
3、食材に旅をさせるのではなく、人が旅をする
4、食を通した世代間の交流をはかる
としております。それに則り、スローフード運動として、食を核にしたまちづくりが官民協働で展開されています。その為にもまずは地元の人たちが地域豊かさに気づかなければ外部の人(お客様)に伝える事は出来ないとし、来訪者にきちんと説明、発信ができるよう食のまちづくりフォーラムや食による教育としてプチシェフコンテストを行い、徹底した意識啓発を進めています。

スローフードの本質としては、食を通して自然や暮らしを考え、食がつなぐ人と人、人の自然な度あらゆる関係や地域の姿を改めて見つめ直す事と言い換える事が出来、こうした考え方やそれに基づく活動の積み重ねが自分達の住む地域の魅力の発見、地域資源を活用したまちづくりにつながるとしておりましたが、持続可能なまちづくりを進めていく上で、今後の課題としては、スローフード運動の終着点をどういう処に置くかはまだ、模索中であると説明をしてくれた企画部企画政策課の赤川課長は言っていました。
(シャークミュージアム)(シャークケージに入っての撮影)(凍った魚の展示)

 その後、市場と隣接したリアスシャークミュージアムとマイナス25度の冷凍博物館も見学してきました。
 気仙沼の特産品ランキングは、1位生鮮さんま、2位生鮮カツオ、3位サメ・フカヒレ、4位マグロ、5位カキ、6位ホヤ、7位イカの塩辛、8位わかめ・めかぶ、9位ホタテ10位アワビですべて海の幸でした。聞いているだけでお腹がへってきましたが、今回の視察は気仙沼市の水産業の豊富な資源を活かしたまちづくりではあるものの、富士市においても、食育は進められており、食でのまちおこし(しらす、おむすび計画、つけナポリタン、ひらひら鍋)や公設市場建設もあり、地産地消を活かした食への考え方は非常に勉強になりました。

タスクフォース的な組織とは?


 
 私が所属する会派、市民クラブでは、予てから会派で集まり、分野別に要望書を作成していたのですが、30日の午後1時に市長室に行き、「平成22年度重要施策に対する要望書」を市長へ提出いたしました。

これは、現在、次年度の予算組が始まっている中では、私達会派の要望を厳しい経済環境は踏まえながらも、よりきめ細やかな財政運営を求める共に、大きく9つの分野に分け、予算編成に組み込んで頂けるよう要望致しました。

しかしながら、昨年よりの世界的な経済不況は市民生活にも深刻に表れ始めている状況であり、次年度収入見込みにおいても、市民税の大幅減収を始め自主財源の低迷が予想され財政運営は一段の厳しさが強いられると思われ、要望がすべて通ると言う事は難しい事かもしれません。
今回の重要施策の中で、タスクフォース的な組織整備と言うくだりがあるのですが、会派でも、タスクフォースとはどの様な意味なのかと言う話が出ました。タスクフォースとは機動部隊(特殊任務をもった特別編成の部隊)という軍隊用語で、もともとの意味は、任務(タスク)のために特別に、もしくは新たに編成された部隊のことです。これから転じて軍隊に限らず、具体的な特定の目的のために一時的に編成される部局や組織を指すのが広義でのとらえ方になっています。また、タスクフォースとは、広く一般の組織に関しても使われるようになった名称でプロジェクト・チームとも言います。
 要望書で私達が引用したタスクフォース的組織の意味としては、縦割り行政のひずみの解消であり、横断的組織を編成するべきである事を求めています。現在の多様化する環境では、部を超えて複数化にまたがるケースが増えているが、一つの部署では対応しきれない状況でありながらも、縦割りによる問題の為に進みにくいとし、窓口の一元化をする組織整備が必要であるとしています。ただ、聞き慣れない言葉である為に、市民には分かりづらい部分もあり、何でも横文字にするのではなく、誰でも分かる言葉に変えたらどうだと言う意見もありました。確かに新しい言葉が次々に出てきており、理解するのも大変な状況でもあります。
いずれにしても、要望書は市長に提出しました。要望がどの様に取り組まれていくかは今後、検証していかなければならない事でもあります。

ホップ生産量日本一。

3日間の視察から戻ってきました。岩手県遠野市、宮城県気仙沼市、福島県福島市と東北の3県を移動しながらの視察でしたが、感想はと言うと、移動距離が長く電車に乗っている時間が多かった為、結構疲れました。

初日の遠野市まで行くのにも、6時間近く掛かかりました。また、最終日は陸の孤島といわれる気仙沼市から福島市まで移動し、視察後帰路に着きましたので富士に着いた時は、ぐったりしてしまいました。私は、その後、母のふた七日の法要が、私が、帰り次第自宅で行われる予定でしたので、慌てて帰り済ませたのですが、疲れからすぐに寝てしまいました。起きたら真夜中であり、疲れましたが、まずは何とかそれなりに、有意義に勉強はしてきた事は報告します。
 
視察内容とは異なる事ですが、3日間の中での私のトピックスとしては、岩手県遠野市は、自然と伝統が息づく民謡の里として遠野物語が有名ですか、ビールの苦みの成分でもあるホップの生産量が日本一の地域であり、ホップの4割を遠野で生産されていると聞き興味を持ち、移動中でホップを刈り取った後でしたが畑を見学ができました。

遠野市の生産農家はキリンと提携しており、視察説明の中でも、「遠野市では市民は、夜はキリンを飲み、アサヒは朝日が出てからでないと飲みません」(昼間はほとんどお酒を飲む機会がないのでキリンを飲まなければいけないと言っていると思うのですが)と冗談を言っていましたが、視察した次の日(28日)に全国発売されるキリンの「取れたてホップ 一番搾り」が話題になっていました。

テレビ等でも話題で取り上げておりましたが、いち早く買い求める事が出来たので、ホテルで試飲しましたがなんでも初物はありがたく思ってしまいます。独特な苦みと香りがあり、ビールのラベルにも遠野産のホップ使用が歌われていますのでよろしかったらご賞味ください。

それと遠野市の福泉寺の紅葉は私が今までに見た事のないような真っ赤な色をしたもみじが夕日に照らされ見る事ができました。写真も撮ったのですが旨く色がでません。

遠野市での紅葉は言葉では言い表される事が出来ないほどの感動でした。やはりその場所に行ったものでないと分からない経験でもありました。真っ赤な色をした落ち葉を拾いお土産に持って帰りました。

今回その他にも、色々と見てきたのですが、ただ心残りは、移動の事も考えて視察先の遠野市には泊まらず、せっかく花巻市に泊まったのですから、29日にドラフトで話題になっていた菊池遊星君の、花巻東高校へも行ってみたかったです。看板は見る事は出来ました。

今後、今回の3つの視察内容はゆっくりと折々記載していきたいと思っています。

行政視察中(文教民生委員会)

本年度所属する常任委員会、文教民生委員会の行政視察に27日〜29日まで3日間行ってきます。

母が亡くなってすぐの19日に、事務局より出欠席の確認がありました。葬儀終了後の都市計画審議会の視察は事務局にすぐにキャンセルをしましたが、今回は常任委員会の視察でありますので、迷いましたが、ふた七日の法要は帰ってからすぐに行うようにさせて貰い何とか参加しようと返事をしてありました。行くまで、慌ただしく、視察の準備も十分ではないのですが、とりあえず体一つで行くつもりです。

視察事項は、
1、助産院「ねっと・ゆりかご」について(岩手県遠野市)
2、「気仙沼スローフード」都市宣言について(宮城県気仙沼市)
3、子どもの夢を育む施設「こむこむ」について(福島県福島市)
の以上の3項目です。
母が亡くなり、用事が多いのですが、興味深い視察でもあり、亡き母も、公務をしっかりこなす事を喜んでくれると思っていますので、行く以上はしっかり勉強をしてこようと思っています。
3日間富士を留守にしますが悪しからず。

文化とは・・・

“はばたく静岡国文祭”と街のあちらこちらにのぼりが掲げられており、国文祭のムードを盛り上げています。吉原の商店街でもイベントがあり、通りかかると準備の真っ最中でした。


国文祭とコラボしているヨシワラ・パフォーマンス・オブ・ドーリムズが開催されるのですが、残念ながら他の用事があったのでイベント自体には顔を出せませんでした。でも、若い人たちが集まり何かをやる事は素晴らしい事だと思います。やはり、若者がまちをつくっていかなければなりません。
 地域においても国文祭と連携した中で、文化祭が開催されており、私も須津地区文化祭に参加してきました。ステージで行われていた、手品は、私の地域では有名なマジシャン、当間林昭さんがオープニングで披露をしていました。日本奇術連盟に加入している当間さんは、洋品店を経営する傍ら、あちらこちらでマジックショーを行っており、地域のイベントでは無くてはならない方でもあります。

ステージを見ていると、いきなり指名され、手品の手伝いをさせられてしまいました。プログラムがぎっしり詰まっているようで時間もあまりなく大がかりの手品はありませんでしたが、見ている人は拍手喝さいでした。

会場では、お茶を出していたり、紙芝居を見せたり、多くの展示もありましたが、今年は覚せい剤の撲滅運動や国文祭の特別企画として地元の企業の愛峰産業さんの紙バンド体験コーナーが開設されていました。

 文化とは何かと言われると美術、芸術、音楽、演劇、食等色々な物によって成り立っている思いますが、その他にも、産業もそうですが、地域によっての歴史や伝統、環境から成り立つ風土も文化であり、幅広くなかなか定義しづらい事ではあると思います。しかしながら、住んでいたいまちには、文化というものは大切な要素でもあります。
 富士市はあまり文化都市とは言われないのですが、国文祭によって、新たな文化の創造や色々な分野の方や年齢に関係なく、其々が心豊かなコミュニュケーションがとれるような文化が香る富士市になるきっかけとなればいいなと感じています。
 
 関連している事ではないかもしれませんが、公設民営であった私立静岡文化芸術大学が来年より県立大学になります。県でも若い人の文化芸術を育てる事に力を入れ始めているようです。

徐々に活動再開!

 母が亡くなったからと言って、いつまでも、くよくよしていてもしょうがありません。前へ少しでも進もうと思います。徐々にですが、生活のパターンを基に戻し、従来のように積極的に色々な活動を再開します。

今月も、予定はぎっしりと入っており、しっかりとこなしていく為にも、気持と予定を整理した中で活動を始めます。

10月24日より11月8日まで 第24回国民文化祭・しずおか2009がいよいよ開幕します。国民文化祭とは、国内最大の文化イベントで、静岡で開催され富士市においても5つの大きな事業1、かぐや姫フェスティバル2、紙のアートフェステバル3、少年少女の歌の祭典4、美術展5、出版、漫画フェスティバルが行われ、文化の情報発信がされます。
オープンセレモニーの様子
(富士のこどもの歌ごよみ)(各種団体も参加しています)(チアダンスで応援)

 
24日にはその第24回国民文化祭IN富士のオープニングセレモニーがロゼシアターにおいて開催されましたので出席しました。
今月の予定
25日
私が住む、須津地区の文化祭が開催されますが、本年度は国文祭と連携した形で開催であり、国文際特別企画コーナーが開催されます。
26日
毎月定例的に開催される富士を語る会で、議会報告も兼ね挨拶をさせてもらいに行きます。
27〜29日
行政視察に参加します。
30日
会派での22年度の要望書を提出すると共に、地域において、市長を囲んでの小集会を開催します。
31日、
商工会議所青年部の若手後継者育成事業の研修会及び交流会に参加。

 いつまでも、立ち止まってはいられません。

もうちょっと時間をください。

 母の葬儀があり、多くの行事への不参加は余儀なくされました。葬儀が終われば後はなんとかなるのかなと思い、最初は、私が所属している都市計画審議会の視察研修が葬儀終了後の翌日の22日、23日は行けるのかなと思っていました。

 しかしながら、葬儀終了後の翌日は、お礼を兼ねて病院やお墓へ行かなければならなく、その他にも自宅へ弔問の方が訪れる為に留守にできません。ですが、視察はキャンセルをさせてもらいましたが、考え方が甘く、家族に相談すれば、後からでも、視察に1日位参加できるのかなと思っていました。しかし、気持の整理や葬儀の整理も済ませる為にも時間が必要でもありましたし、結果的には断って正解でした。勝手に、葬儀が終わればと思っており、私が少しくらいいなくてもと大丈夫かなとも思っていました。それもそうではないと近親者からも諭され、ちょっとの間は出かけられそうにもありません。
 母が亡くなってから慌ただしく日が過ぎ、何をしなければいけないか良く考え、優先順位を間違えずやるべき事をこなさなければいけないのでしばらくはまだ迷惑をかけるのかもしれません。
 ブログにも活動が掲載できないので、本格的な活動再開までもうちょっと時間をください。

今回、行けなかった都市計審議会の視察は、新たなる都市計画事業等の情報を収集し、都市計画に関する見識を広める事を目的として、先進都市の視察を隔年で行っています。
 本年の視察先は、
 新潟県新潟市
「環日本地域の拠点づくりについて」
 新潟県村上市
「町屋・武家屋敷の再生によるまちおこしについて」
2か所でした。
(行ったつもりで記録として掲載します)
残念ではありましたが、視察報告を落ち着いたら確認をしたいと思っています。

ご迷惑おかけしてすみません。

 人の事だと何をやるのか分かるのですが、自分の事となると何をしていいのか分かりません。自分自身の事は、選挙の時もそうでしたが、いざという時に思うような行動がとれていません。

母の葬儀に際しても、施主として、母の葬儀を仕切らなければと思っていたのですが、結局は、葬儀屋さんに任せるしかありませんでした。多くの人の葬式も見てきたつもりですが、とにかくわからないことばかりです。
気ばかりは焦り、もっとスムーズに色々な事が出来ればと感じましたが、経験が無いので仕方がありません。しかし、身内の葬儀は、あまり積みたくない経験でもあります。
連絡がうまくいっていないところもあると思います。不手際もあると思います。ご迷惑をかけている人も多いと思っています。
やらなければいけない事や、伝えなければいけない事が抜け落ちているところがあり、やったつもり、言ったつもりで、しっかりとした事が出来ていない事には、本当に申し訳なく思っています。
自分のことながら思うような事が出来なく歯がゆく思っています。
どうかお許しください。

予期していた事が起こりました。

 こんな事を書いていいのか悩みましたが、
9月17日に予期せぬ事が起きました。
ちょうど1カ月経ち、10月17日予期していた事が現実となりました。

1か月前の予期せぬ事とは、私の母が、9月17日の朝、父の朝食の準備をしている時に突然倒れました。私も市役所へ決算議会へ出かけようとして準備をしていると父から母が倒れた事を聞き、駆けつけると床に倒れており、声をかけると反応がありました。しかしながら、父から頭を打ったと聞いていたので動かす事は止め、すぐに救急車を呼び、対応をして頂きました。残念なことに中央病院では受け入れてもらえず、その後、富士宮の脳研へ搬送されました。
 病院に着くとすぐに医師から、ひどい脳出血であり、すでに死の徴候である瞳孔が開き始めている1分1秒を争う状況であることが説明され手術室にはいりました。救急レベルが9段階あるうちの最高の9にランクされる状況である事は後から医師に聞かされました。手術は8時間余掛かり終わり、一命は取り留める事が出来、一応は脳手術は成功しました。しかしながら、呼吸はしているものの、脳へのダメージは脳幹まで及び意識と言語の機能を奪い、目をあける事も口を利く事も出来ない状況である事は医師から説明がありました。更に、今回の出血によりすぐに命にかかわる事は無くなりましたが、今後、意識は戻ることが無い事、また、肺炎などの合併症により心肺停止は考えられる事等説明されました。母はその日を境に病院で寝たきりになってしまいました。私達、家族にとっては本当に予期せぬ出来事で生活様式も変わってしまいました。
 金曜の夕方、夜、議長就任のお祝いがあり呼ばれていたのですがその前に、病院に呼ばれ、脳からの指令が心肺にも行きにくくなっている状況であり、老齢であるのですぐとは言いませんが、突然の心臓停止もあり得ると言われました。予期していた事とは言え、突然倒れ、脳死となり植物人間として1カ月過ぎた昨日、母はついに心臓まで止まってしまいました。
 いつかは来る事と予期していたものの、あまりにもあっけなく母は亡くなりました。予期していた事とは言え、ショックであり残念です。
 でも、本来なら1カ月前に亡くなっていたのかも知れません。母は1カ月の間には孫にも母の兄弟にも会え、そりなりに意識の無い中で懸命に生き、病院での生活を全うしたと思っています。
 今後、葬儀が終わるまで、色々と多忙となりますのでしばらくプログは休みます。
 
 

要望書作成中

 政府において、2010年度の一般会計の概算要求が昨年の88兆5千億円を大幅に超え95兆円に達し過去最大の規模となっている事が報道されました。補正予算で3兆円捻出しても、本予算で膨らんではおかしな話であるように感じてしまいます。

景気低迷により税収は40兆円を割り、厳しい財政である中では、マニュフェスト実行も大切ですが、財源確保が無ければ国債の発行となって、更に国の借金が膨らみ、将来の負担を増えるのは意味がなく、固執しすぎるのも考えものです。
富士市においても、市長が部課長会議で10年度の予算編成方針を示達した報道が流れていました。すでに、新政権になり大きな政策転換により地方財政、地方経済の影響が懸念はされており、可能な限り国に依存しない自立した財政運営を基盤に責任ある自治体経営を貫くことを進めなければいけない中、10年度の当初予算額を今年度に比べ、9億円減の780億程度を見込んでおり、8年ぶりの対前年度マイナスとなっています。徹底した無駄の削減は求められており、厳しい状況は伺えます。
これから予算編成が進んでいく中では、私が所属する会派では、会派として2010年度の予算に重要施策としての要望事項を反映して頂く為に、市長要望を10月30日に予定しているので、急ピッチで要望書を作成しています。

ただ、視察等が入っており、全員が集まっての作業は難しく、項目別にチームを分け取りまとめをするという形をとっています。厳しい財政状況ではあると思いますが、無駄な物は無駄として必要な施策は取り入れて頂けるようしっかりした要望をする為に会派一丸となり努力しています。
取りまとめ作業は進んでいますが、会派の全体会議を行っている時に、建設業組合との懇談会があり、公共事業の削減が叫ばれている中では建設業界の厳しい状況や公共事業の入札等の考え方についての意見交換会が行われました。

「地方においての公共事業は無駄ではないという事と入札の透明性とはどういう言う事を言うのかを考えてほしい」と建設協組合長からの要望がだされていました。
いずれにせよ、国にしても市にしても限られた財源しかありません。必要な事は進めて頂き無駄かどうかはしっかりした精査の中で事業の優先性を明確にしたうえで予算編成をして頂きたいと思っています。

珍しい事

私はよくお付き合いで帰りが午前様と言う事は多いのですが、珍しく夫婦で会合に出席した後、その後2次会、3次会、4次会と夫婦で午前様の帰りとなってしまいました。

いつも帰りが遅いと言われている妻には、深夜まで一緒に付き合うと言う事は珍しい事なので酔いながら、これ幸いと思い「付き合いというのは帰りたくても帰れないものだ」と日頃の行いを肯定しようと言ったはものの、やはり妻が心配しているのは体の事で適当な処で帰る勇気も必要なことかもしれないと心の中では思っているのですがつい帰りが遅くなってしまいます。午前様を過ぎブログも掲載ができませんでした。
(昭和16年八幡さんの前で)(現在の八幡さん)

珍しい事と言えば、先日おひまちの席で区長さんが、私の地域の神社、八幡さんで昭和16年に出兵する人達を神社の前で撮った珍しい写真を持ってきてくれました。今は亡くなってしまった人が多い写真ですが、昔を懐かしみながら、今ある平和を感謝しなければと口ぐちに言っていました。

私はゲテモノ食いではありません。色々な処へ行っても馴染みの無いものはあまり食べる気にはなりませんが、ある集まりに行った時、ハチがだされました。今の季節ハチの巣が取れ、それを佃煮してあり、滋養強壮にはもってこいのものだそうです。
「議員さん疲れているようだから、これを食べれば元気になるよ」
と勧められましたが、幼虫はまだしも、原型をとどめている成虫はグロテスクで食べる気にはなりません。でも、しつこく勧められましたので、断る事もできず食べてしまいました。思ったよりも案外食べられるというのが感想ですが、やはり虫を食べていると言うのは抵抗があります。私にとっては珍しい事でした。

珍しいついでですが、昨日も偶然道路で蛇に遭遇してしまいました。道路に動かずいるので思わず写真を撮ったのですが、生きている蛇を写真の撮れるのも珍しい事だと思います。
他人から見たらたわいもない事ですが、私にとっては珍しい事が最近ちょっと多いです。

「危険人物の田母神です」

「危険人物の田母神です。」
開口一番の挨拶はこのフレーズで始まりました。会場は、ざわざわと一瞬どよめきましたがすぐに講師の田母神氏の話術に引き込まれていきました。


ある研修会の講師で前幕僚長の田母神俊雄氏の「日本を良い国と言って何が悪い」という講演会が開催され、一度は話を聞いてみたい、会ってみたい人でしたので、何はさておき聴講させて頂きました。すでに、テレビ新聞等のメディアにおいて鎮静化したものの、田母神氏は、幕僚長就任後一昨年の10月31日に、民間の懸賞論文へ応募した作品が日本の過去の侵略行為を正当化する内容で政府見解と対立するものであった事が問題視され幕僚長を更迭されました。政府での要注意人物と見なされ、退職となった後の証人喚問においても自身の論文内容を否定する事をないことを強調し話題となりました。
 田母神氏は退職後、講演会を中心に活動をしており、月に20日以上こなす時も有るほどの超人気講師として活躍しています。自衛隊というと屈強なイメージを持つのですが、小柄で「言葉に慎重さが足りないのでは無く、身長が足りない」と言うような感じで、真面目な顔をしながら、ダジャレを入れたりするユーモアー溢れる田母神節は、重い内容である侵略国家は誤った歴史観であるという事、核廃絶はあり得ないという持論や政府の靖国参拝の考えに対しての批判もスムーズに納得させられてしまいます。
軍事費が下がっている状態は、軍事力が弱いと判断され国際社会においては実際的にはなめられており侮られている事であり、国際政治において弱い事を意味しているとし、拉致問題の解決もできない、より不安な社会にしている。国際政治はきれいごとでは片づけられず、基本は日本の国は日本で守るという姿勢を持つ為にも軍事のバランスは大切であるとし、最後に新しく政権を担当した鳩山総理には腹黒い総理になってもらいたいと延べて話を閉じましたが、時間はあっという間に過ぎ、聞きたりない中での講演会は終了しました。

 
 立場がある中での言動は確かに叩かれる事はあったかもしれませんし発言に対しての評価は危険人物かもしれませんが、、これだけの知識と国を思う志に関しては、ある意味、尊敬の念も抱けます。富士市長を始め、国会議員、近隣の市長、議員も多数参加していましたが、どの様に捉えていたのかは気になりました。
 歴史的認識に関しては自分でも調べてみたい気になり、今回、聞く機会が合って良かったと思いました。

「この国のゆくえ」

 

 日本商工会議所青年第29回関東ブロック大会静岡大会が、10月9日、10日で開催されました。9日は議会最終日にあたり、参加は出来なかったのですが、10日には地域の活動(おひまち)を済ませた後、途中からではありましたが出席ができました。

今回の大会において、得する分科会と銘打ち様々な講師を呼んでいましたが、その中でも、目玉でもある東京都副知事でもあり作家の猪瀬直樹氏の「この国のゆくえ」と言うテーマでの講演を聞きたかったので、それに間に合うような参加でした。猪瀬氏はテレビではよく見ており、印象的にはもっと力強い方かなと思っていたのですが、話し方は、語りかけるような感じでもありちょっと聞きづらい処があり、作家であるので、やはり喋るより文章の方が得意なのかもしれないと勝手に思いながらも、やはり言葉には重みがありました。政権が代わり脱官僚と言う意味では変わる事の期待はもてるが分権の考えは見えにくい所もあり、100年以上続く、官僚機構は強いので、分権を進める上でも、国民意識が変わる事が前提で霞が関の解体に取り組み、国の出先機関の統廃合は進ませれば、自治体への権限、財源が移り10年後には霞が関は半分位になると考えられるとしていました。また、現在の選挙で選ばれた訳で無い役人が自分達の都合のよいように勝手に規則をつくっている事も問題であり、官のつくった根拠のない基準の見直しを分権委員会でも求めており、分かりやすく保育所の待機児童の問題に触れながら簡単に保育所が増やせない現状を変えていくには、基準の緩和と地方の自己決定の重要性を説明してくれました。改革は前途多難ではありますが分権委員会において、テレビカメラを入れたりしながら情報公開をした中では、過激な討論は議事録として残っており官僚と戦う上での財産でもある事が伺えました。
話を聞きながら、補助金の交付のほとんどは効果の検証とその前提となる情報公開も十分でない状況は、中心市街地においての問題を浮き彫りにする為にも、必要であり、この事については、一般質問に関わる事なので、後日改めて、ブログでは書きたいと思っています。

講演を聞いた後、更に「この国のゆくえ」が気になり猪瀬氏のサイン入りの本を購入し、勉強をしようと思いました。
今回の大会において、企業の発展と豊かな地域社会の形成に果たす商工会議所の役割はどの様なものか、その実現の為、青年経済人としてまた議員として何をすべきか考えさせられました。

富士市ハンドボール大会

10月10日が体育の日と勘違いしていましたが、ハッピイマンディー制度の適用により体育の日も10月の第2月曜に変わっており、本年に関しては12日の月曜でした。体育の日は国民の祝日に関する法律(祝日法)では「スポーツに親しみ、健康な心身をつちかう」事を趣旨としています。

毎年、体育の日にちなみ、富士市体育祭が開催されており、その一環としての富士市ハンドボール大会が11日、富士高において開催されていたので、元富士高ハンドボール部OBとして、開会式に参加させて頂きました。富士、富士宮の高校及び、ハンドボール教室に通う子供達の試合が行われるのですが、私も30数年前、中学の時、初めてこの大会に参加した事を思い出しました。当時、私が通っていた吉原第3中学にはハンドボール部は無く、有志により選手が集められ、富士教員団チームで活躍していた江尾に住んでいる竹内先生に指導してもらった事を覚えています。日本では、ハンドボールはオリンピック種目にもなっているとはいえ、一般的に他の球技に比べ、マイナーなイメージがあります。しかしながら、近年では宮崎選手の活躍により陽の目に当たるようになりました。昨年の北京オリンピックは韓国に負け出場は出来なかったものの疑惑のジャッジが話題となり、それなりに注目は浴びるようにもなったのは喜ばしい限りです。次のロンドンではぜひ出場してもらいたいものです。
 富士市においても低年齢からの底上げを図る為にハンドボール教室が開かれ着実に成果が出ているようで、本年も多くの子供達が参加していました。体育の日は変わっても、スポーツ通じた文化の構築が進む事を望むと共に汗を流しながら頑張る選手に心から応援をしたいと試合を見ながら感じました。
 ちなみに今年から、富士高のハンドボールの先生は私の2年後輩の石川先生ですが、優秀な指導者として名高い先生でもあります。母校の富士高には、全国大会出場に向けぜひ頑張ってもらいたいものです。
(技能フェスティバルのテープカット)

 最後まで試合を鑑賞していたかったのですが、富士山メッセにおいて、富士市技能フェスティバルが開催されていたので途中で失礼させていただきました。

静岡おでんはうまい。

 商工会議所青年部の第29回関東ブロック静岡大会がグランシップで行われ、分科会終了後、静岡のB級グルメとして名高い、名物静岡おでんを食べてきました。ちょうど、青葉通りでは、静岡おでん祭りが開催されており、いい機会でもありました。

独特な味と色をした静岡おでんは、コンビニの透き通ったスープのおでんを食べ慣れている私にとっては、最初、おでんが入っている鍋を見た時濁っていると言うより煮詰まった黒いスープが、ちょっと大丈夫っていう感じでした。でもそれが静岡おでんのポイントです。

静岡おでんの真っ黒スープに、牛スジ、豚モツ入りのはじまりは、大正時代、廃棄処分されていた牛すじや、豚モツを、捨てずに肉系の煮込みにしたのが、はじめだとされています。また当時から、由比や焼津は練り製品の産地だったことから、黒はんぺんなどの練り製品がおでんの具に使われるようになったそうです。
最初は驚くのですが、あの真っ黒いスープ(いい方を悪くすればちょっと汚ない感じ)はどうやってできているのかと思います。静岡おでんのベースである、牛スジや、濃い口醤油を入れても、1日ではあんなに真っ黒にはなりませんし、おそらくどこの店でも、スープを捨てずに鰻屋の秘伝のタレのように継ぎ足して使っているので、あんなに真っ黒になっていくと思われます。ほとんどのお店は、終業後、毎日スープをこして冷蔵庫に保管し、翌日それにスープを継ぎ足して作っているそうですが、黒はんぺんなどの練り製品を入れることによってさらに色が黒くなると言われ、真っ黒いスープにはその店の伝統の味でもあります。最近では、お店によってはトマトもおでんにはいっています。
 味噌とダシ粉が掛かり濃い味は、「うまい」です。それに、けっこうハマる庶民の独特な味でもあり、お酒が進み、つい飲んでしまいます。静岡には、かつての名残のおでん街やおでん横丁が点在しておりちょっと一杯っていう感じで気軽に立ち寄れる場所がある処は羨ましい限りです。富士宮焼きそばもそうですが、庶民の文化が香る静岡おでんは、テレビで創られたつけナポリタンとは歴史や物語的にも格が違うような気もしてしまいました。

おでんを食べ、ちょっとお酒が入り気持ちがよくなりながら、静岡のまちを堪能してきましたが、夜遅くの時間でも富士市と違い、お店も人出も多く、賑わっており活力を感じます。
最終電車で帰って来たのですが東田子の浦駅に降り、だれもいない駅の改札口を出た時、夢から覚めたような感じでした。

「研究する。検討する」

9月議会は終了しましたが、今議会においても、23人の議員が登壇し、多くの富士市の課題に対しての論戦が繰り広げられました。富士市議会の場合、質問に関しては、自分が質問したい事を、事前に通告文を出します。

その出された項目別に担当課が質問の趣旨に対しヒアリングをし、答弁書をかき上げられ、それを市長がヒアリングをした中で質問に対しての答弁がなされます。今議会においては、意見や要望に対しての答弁に、「研究する。検討する」と言う言葉が多用されていました。私も、議会用語として、「研究する。検討する」はやらない事というのが通説になっていると言う事を先輩議員に聞かされていました。そのような意味では、当局側の使いやすい言葉としての受け止めが強く、検討とか研究と言う言葉での答弁に対して納得できない議員は、当局答弁に対して食い下がり質問をするのですが、覆る事はほとんどありません。何人かの議員から、それについてしつこく言われ、最終日に市長は、「検討、研究と言うと評価が低いと思われているようだが、何もしないと言う訳でも無く、やる気が無い訳と言う事でも無い訳で、解決をする為にそれなりの準備の期間が必要であると言う事を理解してほしい」と苦笑いをしながらも明言していました。そのような意味では、質問したことに対しては、研究でも検討でもその場では解決できないことであるなら、時間をおいて確認を再度する必要がある事なのかも知れません。議会に使われる言葉は一般的に使われる言葉と多少ニュアンスが違う処があります。
先日も環境経済委員会に出席した時、田子の浦港の地元負担金の見直しを求める事を議論されていました。その時に、文書の出し方を要望書とするか意見書にするかと言う事についての説明がありました。改めて明確な区別についての言うと首をかしげてしまうような事でしたが、議会用語として、意見書とは、議会は、地方自治法の規定に基づき、国会や国の関係省庁などに対し、制度改善の要望など、議会としての意思をまとめた文書を提出する文書のことを意見書といいます。要望書と違い法律に基づいて出される重みがある文書であると言う事です。議会において、議決され、市議会として意見書は提出されましたがそのように議会用語にはまだまだ分からない事がありますが、これからもしっかり理解出来る議員にならなければと感じています。
議会も終了し週末もイベント目白押しです。時間のやりくりをしながら地域の事、そして所属する団体の大会も静岡で開催されていますので、出席するつもりです。
 
 

終わっても、すぐ11月議会。

 議会が会期延長され、9日でようやく9月議会が終了するのですが、9月議会での一般質問も終わり、やれやれこれでしばらくは質問を考えることから解放されるなと思っていたのですが・・・・

 先日配布された予定表を見ると、11月定例会の開催が11月20日から12月4日までの15日間開催されます。今年は通常より開催日が早くなっているのは、任期満了に伴う市長選が12月15日告示22日投票が予定されている為に予定が繰り上がっています。必然的に一般質問の受付も11月13日から19日正午となり、1か月ちょっとで提出しなければいけません。短い期間の間には、視察や研修その他の各種イベント等も目白押しで、とても余裕を持って取りかかる時間がありません。なんか本当に中学か高校の時に戻ったみたいで、試験が終わってホッとしたと思ったら、もう次の試験勉強を始めなければいけない感じで試験中、娘が言う「もう、いくら時間があっても足りないよ!」という気持ちがこの歳になってもよく分かります。
 9月議会は終了しますが、今回の反省を活かし、次なる準備を始めなければと思っています。それが終われば、もう今年もあっという間に終わってしまうのかと思うと時間を大事に使わなければとも感じます。
(須津まちづくりセンターにて)
    

 地域では、まちづくり推進会議が開かれ、11月8日の須津川クリーン作戦11月29日のふれあい遠足と行事の打ち合わせがありました。本来なら、議会が閉会となり、夜は会派の打ち上げや某団体の観月会が開催される予定でしたが、台風ですべて延期となり、私は地域の会議に出席できるようになりました。日が悪かったのか、はたまた台風の影響かわかりませんが出席者がいつもより少なかったです。