田原・豊橋・飯田市視察報告

 5月26日から28日の3日間の視察は直線距離ではさほど遠い所ではないところの視察でしたが、長野県飯田市への視察があった為、公共交通を使っての移動では、大変時間を費やさなければいけない場所での視察でした。なかなか行きたくても、行けない場所への視察でしたが、天候に恵まれ、6項目の視察内容の他にも隣接している設備や周辺施設も視察(見学及びレクチャー)も出来、有意義な視察でありました。一つ一つの詳細な報告書は、議会へ報告書を作成提出をしなければいけませんが、内容が濃いため機会がある時に、掲示いたしますので、ブログでは大まかな内容(ダイジェスト)だけでも報告します。

富士市議会 市民クラブ9名参加(1名体調不良の為欠席)
5月26日(月)(晴れ)
富士出発
 午前—PFI手法によるゴミ処理施設「炭生館」(愛知県田原市)

  →焼却でなく炭化により、ダイオキシンの発生をほぼゼロにし、ゴミから製造する炭化物の有効活用を進めている臨海工業地域においての施設見学及びヒアリング
*田原リサイクルセンター風力発電所のレクチャーを受けました。
移動
 午後—ゴミ焼却施設で発生する熱エネルギー活用PFI事業「りすぱ豊橋」(愛知県豊橋市)

  →エコビレッジ構想・農業(施設園芸)や温浴施設(プール・浴場・トレーニングルーム)での活用、特に感心したのは、ゴミ焼却施設に隣接している場所での農業、ミニトマトやシソ、梨、酪農などが大規模に行われており、迷惑施設としての位置づけではなく、地域一帯が、エコビレッジとして環境推進に取り組んでいました。地域住民への情報公開は常時行っていました。

*豊橋資源化センター・プラスチックリサイクルセンターが隣接していたので、簡単なレクチャーを受けました。
豊橋宿泊

5月27日(火)(晴れ)
JR飯田線特急伊那路で2時間30分の移動
 午前—飯田市まちづくりカンパニー(長野県飯田市)

  →市民、商店、企業が出資し、中心市街地の再開発等を実施後、中心市街地での賑わいが創出され始め、活性化が進んでいます。
飯田市議会議員 原 勉氏からの地権者である中での事業取り組みを含めた熱がこもった説明ヒアリング

再開発ビルには、市役所のリンゴ庁舎なるものが入り、各種証明書の発行はもとより、(福祉課・児童課・介護高齢化・男女共同参画化)や観光課が開設されており、本庁舎ではなく、再開発ビルへ多くの人を誘導していました。
*市が経営管理している、川本喜八郎人形美術館でのレクチャー
 午後—体験型観光の実体験とヒアリング(南信州観光公社、飯田市観光課)

  →「ほんもの体験」をキーワードにした体験型観光(今田平にてジャムづくり)沢山のカリキュラム(約160種類)がありましたが、インストラクターの指導で、なぜそれになったかは、定かではないのですが、手作りジャムを作りました。大変暑い中で、めったに体験ができないことを経験をいたしました。
飯田宿泊

5月28日(水)(晴れ)

 午前—議員発議による自治基本条例(飯田市議会事務局)

  →議会が主導し制定した「自治体の憲法」といわれる自治基本条例への取り組みを、関係した市議会議員より聞きました。 
 
    
地域自治推進の拠点となる自治振興センター(飯田市庶務課)
  →市内18の地域に、ミニ市役所、まちづくり拠点機能を持つ地域自治区を設置
富士へようやく移動帰路

 以上の6項目を視察してきました。また、飯田においては15年ぶりに、街づくりカンパニーの役員でもあり、若者を中心のまちづくりを進めるイイダウェイブの代表である、伊藤君と会え、2日目の視察が終え、食事を取った後、個人的に飯田のまちづくりを話すことができ充実した視察が行えました。この視察をどのようにとらえ、活かしていくかじっくり考えていこうと思っています。
 また、今後ブログにも、もっと今回の視察については、継続して、書くつもりでいます。

ロータリーで卓話

 毎週木曜の12時30分より13時30分まで、吉原ロータリーでは例会が開かれており、ほとんどの例会において、卓話が30分間行われています。
 昨日、そのロータリーで卓話を依頼されており、30分間、「市議会議員になって一年を振り返って」という題で話をさせて頂きました。しかし、30分と言う時間は短いというか、話す事が脱線したというか、まとまりがないような話になってしまいました。言い訳をする訳ではないのですが、前の日まで、視察に行っており、話に入る前に、視察の話が出て、笑いながら
「荻田君視察に行ってたみたいだが、温泉場でおいしいものを食べて、芸者でも呼んでたんじゃないか、この前もどこかで問題になってたぞ」
と言われ
「まさか、真剣に視察をしてきました、今回も3日間6項目ぎっしりやってきましたよ。それなら、今日視察について報告をしながら、政務調査費についてふれますから」
と用意してきた話を多少変えようと思いました。そんな訳で
次第を作ってきたのですが、脱線は承知で、視察報告をしながら、富士市議会での政務調査費年間45万円の使い方についての話からさせてもらいました。
 よく、誤解されているところは、政務調査費が議員に給与以外の第2報酬と勘違いされている部分にふれ、富士市議会においては個人にそのお金が入るのではなく、会派に入り、会派において管理され、視察、研修、資質の向上及び調査に使われるとともに事務局の管理費等に使われており、個人にはお金は入らない事を説明させてもらいました。県会議員の月個人に45万円入る政務調査費とは明らかに違う事をご理解してもらいました。
 視察についても、観光旅行のように取られていたりする事を、少なくとも私が、関係している視察に関してはそのようなことなく議会事務局に視察報告書を作成して提出している事、また、その提出している書類を皆さんにも見て頂こうと視察報告書をもってきていたので、皆さんに回して確認もしてもらいました。
 政務調査費に伴う視察については、議員がしっかり説明をしていく必要があると思っています。何を学びに行くのか、何を学んできたのか、またそれが今後何に活かせるのか、しっかり報告をしていかなければなりません。本来なら行った1人1人がすべき行為であると思いますが、私自身は、自分なりに報告書は、その都度記録としても作成して行くつもりです。
 また、卓話の最後に、メンバーの方から、
議員になられた方に、先生という呼び方をするがどのように考えるかという問いかけがありました。
 まさしく、議員は先生と呼ばれるほど偉くも立派でもないと思っています。私も議員になってから、先生と呼ばれると、なんか背筋が寒くなるし、気恥ずかしさとなんとなくおだてられながら頼みごとでもされる様な気がして、抵抗があることを話し、あくまでも先生ではなく、議員と言う形で紹介や呼んで頂きたいとお願いをいたしました。
 30分間では、話したい事が何も言えないような気がして、ぜひこれからもこのような機会を頂きたいとお願いをして、まとまり無く終わったような状況です。

田原市風力発電所

 今回、視察に出かけた中の一つの愛知県田原市は、日本のほぼ中央、愛知県の最南端に位置し、北は風光明媚な三河湾、南は雄大な太平洋に面し、東は豊橋市に接し、西は、伊勢志摩を挑みます。古くは農業が中心として栄えてきましたが、昭和40年代から東三河臨海工業地帯の造成が始められ、現在までに、約1000ヘクタールが完成した工業用地には、トヨタ自動車をはじめとする多くの企業が進出し、その後は活力ある産業の町として飛躍的に発展しました。また、近年は、国際交流や福祉、教育、環境保全、の各分野で先進的な取り組みを実施しています。

 電車に乗っていると、大きな風車が回っているのが見えました。ゴミの炭素化事業に取り組む「炭生館」を視察に来たのですが、なんでこんなに風車があるのか気になりました。聞いてみると、田原市は、風力発電所があることでも有名だそうです。美半島に位置する田原市はお互いの凧糸を切りあう「けんか凧」でも知られるほど日本有数の風の強い地域だそうで、風に恵まれた田原市の中でも、三河港臨海田原地区は年間平均風速が6.6M/Sと強い上、風の乱れが少なく、風力発電に適した風が吹いていることが確認されています。
  視察に訪れた、「炭生館」の隣接地にも風力発電所があり、大きなプロペラが回っていました。近くで見ると予想以上に大きく、プロペラまで入れると地上から121メートルもあり、ビルの24階建てに相当するそうです。田原リサイクルセンター風力発電所として、地球温暖化対策の一環を担い、ごみ炭化施設の消費電力を風力発電によって賄っています。具体的には、風力発電で電気を作り、作った電力を中部電力に売り「炭生館」で使う分の電力を中部電力より購入しなおしています。風は無尽蔵な自然エネルギーで二酸化炭素を排出しない環境負荷の少ないクリーンエネルギーの風力発電と循環型社会を目指した最新鋭のごみ炭化施設を組み合わせることにより、環境共生まちづくりである「たはらエコ・ガーデンシティ構想」の実現に向けて寄与しています。
 風力発電のメリットは、発電量当たりの温室効果ガス排出量は微量で、風力エネルギーの約40%の電気エネルギーに変換できる点です。田原市においても湾岸部を中心に27基(300KW以上)もの風力発電が立ち並び、全国でも有数のウインドファームを形成しており、これらの風力発電から発生する電力量は市内全世帯が消費する電力量を上回っています。
 また、風車のある風景は、新たな地域のシンボルとなり、町おこしにも一役担っているそうです。 

 視察目的の「炭生館」に行く前に、どうしても気になり、風力発電所の大きな風車に足止めとなり、レクチャを受けてしまいました。
 地球温暖化は深刻な問題です。風力発電は期待されている一つですが、富士市において、お茶畑で扇風機が回っていますが、風力発電に利用できないんでしょうか?

視察から、帰って来ました。

 視察より戻ってきました。得るものも多かったのですが、非常に疲れました。3日間3か所6項目の内容の濃い行政視察であり、いつもより、長く感じ、初日の田原市はずっと前の事のように錯覚をするほどでした。。

 今回の日程を組むにあたり、メインに長野県飯田市を前から視察を強く希望していた、私と同期の議員が前日、体の調子を崩し、いわゆるドタキャンをいたしました。新人議員で役割が分担されていたのですが、予期せぬ事に、新人議員は私1人となり、すべてのスケジュール管理の責任を負う役割がもれなく回ってきてしまいました。
 今回の視察に関しては、行けなかった同期議員が、先輩議員を説得し、交通は不便ですが、ぜひ学びたいことがあるので行きたいと要望をだして、了解を得ての視察でした。せっかくの思いがこもった視察計画でしたが、1番行きたがってた議員が、体の不調の為に思いを達せることができませんでした。呑気に構えていた私は、突然の事で慌ててしまいました。
 私への連絡が日曜だったので、キャンセル料は発生するかもしれませんが、最大限できる限り、連絡調整をしました。日曜の為、行政関係には、連絡は当然とれませんでしたが、旅行会社の担当者には休日出勤をしてもらい、ホテル、公共交通機関のキャンセルを対応してもらう事は出来ました。その他は、視察先で連絡をすることにしました。旅行社の方と最終打ち合わせしたのですが、その他にも地域の懇談会があったり、同級生の通夜の連絡がはいり、行く前からバタバタです。私1人で電車、ホテルの団体チケットの管理、食事の予約、また、行先でのスケジュール管理、団体行動の目くばせ、気配りでてんてこ舞いです。
 旅行の添乗員さんになった気分ですが、視察が目的ですので、勉強をしっかりしなければいけません。でも、休んだ議員の分まで、資料を持ち帰ったり、その他にも、何か、トラブルが起きないよう常に気が張っており、ぐったりです。
 視察先は、愛知県の田原市、豊橋市、そして、長野県の飯田市、飯田市は公共交通機関としては、豊橋より、飯田線で行くしかなく、豊橋から急行電車でも2時間半かかります。 富士からだと4時間かかり、滅多に行けないところでもありますが、まちづくには学ぶ事も多く、また、15年ぶりの知人とも再会は出来、それなりに良いこともありました。

飯田での体験観光りんご畑で・・・

 とりあえず、問題もなくスムーズに予定はこなすことができましたが、視察内容については、明日以降報告はさせてもらいます。
 まずは、疲れていますが、元気に帰ってきたことを報告させてもらいます。
(書きたいことは山ほどあるのですが、明日(29日)は、ロータリーで卓話を依頼されていますが、視察に行っていたので、準備ができていない状況で、ブログを打ちながら焦っています。)

視察中です。

 会派の視察で、26日から28日も3日間行政視察にでかけています。
予定は、
26日午前 愛知県田原市 リサイクルセンター 炭生館について
    午後 愛知県豊橋市 ごみ焼却施設周辺整備「リスパ豊橋」について
27日午前 長野県飯田市 街づくりカンパニーについて
    午後     飯田市 体験型観光について
28日午前      飯田市 自治基本条例について
            飯田市 自治振興センターについて

以上6項目について、非常にタイトなスケジュールではありますが、実のある視察にしてきます。

須津まちづくり推進会議

 話が前後してしまいますが、金曜の夜に須津地区まちづくり推進会議の総会が開催されました。富士市には、各地域において、地域特性に合わせた、まちづくりを進めるための住民まちづくり組織としてまちづくり推進会議があります。
 全体会議に入る前に、県の土木事務所より、昨年まちづくり推進会議において、要望が出された、須津小学校に接する、北側道路である根方街道拡幅工事の計画説明をしてもらえました。地域要望として、県道である根方街道は狭隘道路としての問題点ではあったが特に、学校に接する道路としては、余りにも狭すぎ、危険性が伴っているので、早急にその部分だけでも拡幅工事ができないか要望していましたが、今年測量をはじめ、来年以降用地買収を進める計画を説明してくれ、関係各位への協力を今後、進めていくと報告がありました。まちづくり推進会議での要望が、早急に取り組まれ実現することは、意義があることだと思っています。
 その後、市の企画課職員より、富士川町との合併についてと第5次富士市総合計画策定の基本的考え方についての説明がなされました。総合計画に関しては、市の政策推進の基となるもので、基本構想が長期的に将来を展望した目標を示し、基本計画で中期的な政策体系、行動体系を明らかにし、実施計画により財政実現プログラムを定めるもので、行政運営の総合的かつ計画的な執行をする為の指針であります。本年度に関してはまちづくりの目標と基本構想の検討、市民意見の集約が進められ、策定に係る、市民参画体制について、まちづくり推進会議も重要な位置づけになっています。また、地域の特性を生かした計画策定を進める上でも、地域意見を十分に吸い上げて頂く事と、地域においての、まちづくり地区担当班の活用が必要な事と考えています。
須津地区まちづくり推進会議において配られた資料に、須津地区市職員まちづくり地区推進班の名簿がありましたが、須津地域だけでも36名の行政の職員が組織されていました。議員も地域のパイプ役を担っていますが、市民と行政職員が一体となりまちづくりが進めていくことが重要な事柄であると考えられます。
 須津地域も、地域の特性にあわせた、須津ふるさと祭りや須津ふれあい遠足、須津川クリーン作戦と事業が行われていますが、更に、今後、地域の人達の声を生かした、事業、要望を進めていくことを議員ももちろんですが地域職員も加わり、地域力を高め、地域の声を第5次総合計画に反映させたいと思っています。
 本日も、区長さん、町内会長さん、須津地区の市議3名で懇談会が持たれ、まちづくりについて忌憚のない意見交換会が交わされましたが、明日、朝1番の新幹線で行政視察がありますので、これについては、後日に回します。

うなぎやのたっちゃん

 

 私の地域には、昔からの料理屋さんがあります。子供の頃よりよく食べにいった覚えがあります。うなぎやさんといいますが、名前の通りうなぎのおいしいお店として名が通っていますが、うなぎ以外にも、ラーメン、カレー、ハンバーグ、寿司等の何でもありの、須津地域の老舗の料理屋さんです。地域において、宴会ができる料理屋として、PTA,生涯学習、町内連合会、地域のあらゆる団体が懇親会を開催する時に利用しています。本日も、某団体の総会後の懇親会が開催され、うなぎ屋さんに行きました。懇親会に入る前に、緊急性のある事として、地域医療の現状と今、局面している、産婦人科の問題について話をさせて頂き、署名活動をさせていただきました。多くの団体で、今月一杯、署名活動は行っています。できるだけ多くの方が署名が必要ですが、来週は視察の為、富士市にはいられないので、私の署名活動もできなくなる為に、これが最後のお願いの場だと思いました。

 そのよく利用するうなぎやさんの経営者のたっちゃんは、私と同い年の同級生で、10年以上前にPTAの役員を一緒にやった仲間でもあります。その当時の思い出として、須津小学校の125周年事業として、子供達にテレビで活躍している方に、夢を与えてもらおうとタレントの渡辺徹さんを呼び、講演と子供達と接する機会を開催いたしまた。渡辺徹さんを昼食に、地元の料理屋という事で、うなぎやさんへ連れていき、うなぎを食べてもらいました。たっちゃんは、徹さんの大ファンで食べに来てくれて、たいそう喜んでいましたが、渡辺徹さんもここのうなぎはおいしいと喜んでくれた事を覚えています。
 昨日より、風邪気味でしたが、うなぎやさんのうなぎを食べたら元気がでてきたような気がします。
須津地域においてなくてはならないお店です。
たっちゃん、おいしいうなぎを今日もありがとう!

浪速のカリスマ講師

 
 先日亡くなられた(株)アストの高木会長の社葬があり、法人会の総会には出席できませんでしたが、総会終了後の、浪速のカリスマ講師のふくだ友子さんの「すべては発想の転換」からをたいへん楽しく聞かさせてもらいました。
 カリスマ講師と言われるだけ、、軽快な大阪弁と会場の雰囲気を読んだ講演は、笑いあり、涙あり、パフォーマンスありの会場の巻き込んだ講演会で、「ほんの少し視点を変えれば、人生は大きく変わる」と言う内容で90分の講演はあっという間に過ぎました。

 顔の表情の重要性を説明した後で、隣合わせた方と握手をしたのですが、自己紹介を通しての親近感をもたせ、顔の表情により、印象豊かに話すと、より好意的になり、改めて握手をすると、手が暖かくなり、より握手の意味合いが深まると言われ、私も、今まで、やみくもに握手をしていましたが、より好感がもてる握手をするには、十分表情豊かに会話をしてからの方が、効果があることを学びました。また、じゃんけんを何も考えないで、とっさにじゃんけんポンをさせるとその人の性格がわかるとのことです。

グーを出した方は、攻撃型の人です。
パーを出した方は、楽天的な人です。
チョキを出した方は、人間はとっさの時はだいたいが、グーかパーであるがチョキを出す方は戦略的な方が多く、経営者や政治家が多いそうです。

 私は迷いなく、パーを出していました。経営や政治には向いていないのかも知れません。でも、人間は3種類ではないと思いますが・・・・

 ふくだ先生は終盤、自らが、ストレスで追い込まれ、体が動かなくなくなってしまった話をしました。心が閉ざされると体が固くなり、体が固くなると言葉まで出なくなることを自らが体験し、回復した時に救われた言葉は、看護師が、固まった両手を包み、体をさすりながら言ってくれた「そんなに頑張らんでええのよ」という言葉の暖かさ、「大丈夫よ、泣いていいのよ」と言ってくれたことで流すことができた涙、それらが今の原点であり、その時、「頑張れ」と言われていたら今はなかったというという、辛い時、大変な時、誰しもがもがき苦しみ、頑張っているわけで「頑張れ」ではなく、「大丈夫よ」という言葉により、元気を与えることができる魔法の言葉である話は、経験に基づいた重みのある話で会場が笑いから静寂につつまれました。

 確かに、私もやみくもに頑張れよと言われる事に抵抗を感じることがあります。頑張れよと言うのは、他人事であり、一人でなんとかしろと言われているような気にさせられる時があるのも事実です。だから私はいつも、「頑張れよ」といわれると「一緒に頑張ろうよ」という事にしています。自分一人では頑張れない時がいっぱいあります。特に、議員をやっているとつくづく感じます。
何をやるにも「一緒にがんばろー」です。

第34連隊と災害派遣

 
 富岳自衛隊交流会の総会において、陸上自衛隊第34普通科連隊長兼板妻駐屯地司令 一等陸佐 三浦直人様の「第34連隊と災害派遣」の記念講演を聞く事ができました。

 ミャンマーのサイクロン、中国四川大地震と大きな災害が報道され続けている中では、被災地の一刻も早い、救済、支援、復興が望まれています。自衛隊活動の中に、大規模災害などにおいて、人命及び財産を守る為に各都道府県などと連携して、適切に対応することがあげられています。予想される東海地震も大規模災害の位置づけがなされており、大変興味深く聞かさせてもらいました。

 東部方面には、板妻、富士、滝ケ原、駒角、4つの駐屯地があります。三浦連隊長の第34普通科連隊は旧陸軍歩兵三十四聨隊の部隊番号をそのまま受け継ぎ板妻の地に創設された郷土部隊としての特色を持っています。また、静岡県全域を隊区にもつ連隊では、災害発生時一刻も早く被災地に出勤する為、県下各市町村を担当する中隊等を定め常に連携を保持しています。また東海地震をはじめとする各種災害発生時時の対処行動について、静岡県総合防災訓練や地域防災訓練に積極的に参加して、関係機関との連携強化を図ると共に、防災図上演習や総合防災協議会等を実施して連帯の災害対処能力の向上に努めてくれているとの事です。

 話の内容は非常に濃いもので、時間がない中ではもっとじっくり聞きたい部分はありましたが、災害時に対して富士市は、自衛隊の駐屯地が近いのは、ある意味心強く思いました。
 三浦連隊長の信条は3惚れであり、
「仕事に惚れろ。人に惚れろ。土地に惚れろ。」
という事です。北海道の生まれですが、あちらこちらに赴任してきており、その土地、地域で愛着をもち任務を進めてきているそうです。現在の板妻では、特に富士山がきれいに見えるため、毎日、富士山を撮り続けているそうです。説明の中でも、所々に富士山の写真が入れられており、この地域に対しての強い思いも感じることができ、この地域の災害時には全力で力を注いでくれる方が連隊長で安心しました。

 でも、最終的には、災害に際しては、危機意識を常に持ち、自分の身は自分で守る、これが一番の鉄則であると思っています。
 頼りすぎてはいけません。

マツノのコロッケ

 三島で、特産のジャガイモを使っての「みしまコロッケ」プロジェクトがありますが、来月、みしまコロッケ学会(仮称)を立ち上げ設立を目指しているそうです。焼きそばや餃子も学会がありますが、コロッケも大衆的な食べ物として、売り出し方によれば、普及しやすい食べ物だと思います。
 コロッケというと吉原の松野肉屋さんのコロッケ、安くて、おいしいと地元ではかなり有名だと思っています。コロッケ1つ26円は驚きの値段で、10個買っても260円と採算度外視した目玉商品だと思います。午前と午後と2回に分けて販売をしていますが、すぐに売り切れてしまい買えないこともしばしばあります。
 
 11時くらいにはお客さんがいつも並んでおり、買いに行っても、駐車場が少ないため、車が中々止められません。私も車が止められないと、ぐるぐる回りながら、車が止められるまで走り続けてまで買いに行きます。なんか、いい年をして肉屋さんで並ぶのは抵抗がありますが、並んでも買って、食べる価値があると思っています。高くておいしいのは当たり前ですが、安くておいしいこれは本当に素晴らしいことです。

 
 小学生の時によく帰りがけに、原田にあった市川肉屋さんのコロッケの味も忘れられません。学校で遊んだ後、買い食いをしたコロッケは本当においしかったです。たしか1個10円か15円か、もしかしたらもっと安かったかもしれませんが、お小遣いでよく食べたと思います。コロッケは私にとって、子どもの頃からの懐かしい食べ物です。多分、松野のコロッケを食べている子供達も、懐かしの食べ物になっていくと思いますし、すでになっているのかも知れません。

 松野肉屋さんの専務さんは私の友達です。地元の商店として、頑張っているお店の一つだと思っています。26円のコロッケは儲からないかも知れませんが、これからも、是非とも、松野のコロッケとして、できるだけ続けて頂きたい事ともうちょっと、駐車場を広げてもらえればありがたいことお願いしています。

私と背が、どっちが高いかいつももめる、専務さん。吉原の為にも元気に頑張ってください。
マツノのコロッケ。まだ、食べた事の無い方、一度は試して下さい。

バラが咲いた。

 バラが咲くシーズンになりました。バラは富士市民の花でもあります。

 富士市民の花「バラ」が中央公園で見ごろを迎えた中で、日曜日に「第3回富士バラ祭り」が開催されました。園内には、オリジナルバラの「かぐや富士」をはじめ208種1320本の赤、黄,白、ピンク等色鮮やかに咲き乱れています。ばらの甘い匂いが漂い、訪れた人達がそれぞれにバラを愛でていました。

 
 バラの起源は恐竜の時代、というくらい古いのですが、栽培され始めたのは紀元前 古代ペルシャといわれます。
ギリシャ ローマ時代は薬用、香料用として盛んに利用されていましたが、次第に観賞用としても栽培されるようになりました。今では、多くの家の庭でもバラが一般的に見ることができるようになりました。

 バラは富士市民の花ですが、市民には、あまり浸透していないような気がします。もっともっと多くの人に知ってもらえるようなPRしなければいけないような気がします。また、バラ祭りも地域だけではなく、観光資源と捉え、富士市に訪れる人にも知って頂く事も考えなければいけないよう気がしました。

 中央公園だけではなく、市役所や駅、商店街等にバラのフラワーバンケットを飾り、市を挙げてもっと広くバラを見せる事を進める事もよいのではないでしょうか。また、母の日が、先週あったのですが、母の日はカーネションを贈るというようになっていますが、富士市では、季節的にも、バラの花を贈るというように変えてもいいような気もします。(知りませんでしたが、父の日にバラを贈る方もいるようです)
バラを使ったまちづくりがあってもいいと思います。

 ばらが咲いた。ばらが咲いた。真っ赤なバラが、寂しかった僕のまちにバラが咲いた。

そんな思いでばらを眺めてきました。

児童見守りシステムモデル事業

  コミュニティシンクタンク富士が、総務省「児童見守りシステムのモデル事業」として、昨年の6月契約をし、6000万円の予算をもらい、富士市において取り組んでいましたが、シンクタンク富士の総会後に、地域交流センターの米村理事より報告と説明がありました。
この、総務省の「児童見守りシステムのモデル事業は」はモデル事業として、全国で49件の応募があり、16件が採択された中で、19年6月に契約をし、富士市も取り組んでいます、
この事業は、富士市の児童の通学路における安全を確保するにあたり、富士市内で既に活躍している各種団体の協力により「ふじ児童見守り隊協議会」を設立し、人為的な面から児童を見守り安心・安全を確保することと同時に児童にGPS携帯電話、パッシブICタグを持たせ、ハード面から児童の登下校並びに通学路の行動を管理センターで把握し、危険情報をいち早く察知すること、次いで危機情報市民から成るサポート隊に知らせ、救出、情報収集を行うシステム作りが目的であります。
実際に市、学校、PTA,各種団体の協力を得て、市街地の吉原地区と山間地帯であ、大渕地区で、児童に適用する見守りシステムを実施、検証を行いました。また、将来的に高齢者、障害者等の弱者支援にも考慮した見守りシステムの検討も行われました。
報告の中で、

成果として、
*技術的に可能であることがわかった
*地域の既存の見守り機能が一堂に会した
*地域の取り組みがより多くの人に知られるようになった

課題として
*受益者負担の適したコストにできるか
*市全域で見守り体制が作れるか
*行政の対応と住民の役割

モデル事業として取り組み、成果は成果として、評価されることですが、問題は課題の解決を、今後どのようにしていくのかが注目されることだと思います。国の施策ですが、せっかく、行った事業ですので、成果を活用し、安心・安全な社会の構築に向けていかなければならないと思います。私も、できる限り、その後押しをなんとかしたいと思っています。
 
 通学路での殺人事件も起こっており、決して遠くの地域の出来事ではありません、いつ、自分の住んでいる地域で起こっても不思議でない時代になっています。
事件がないに越した事はないのですが、防ぐ為には自己防衛、地域住民の協力、事件ができにくい環境整備にあると思っています。

わんぱく相撲富士場所


 富士総合運動公園には立派な相撲場があります。「第19回わんぱく相撲富士場所」もこの、立派な土俵の上で、ちびっこ力士達110人が参加し、熱戦が繰り広げられました。

 わんぱく相撲は、東京青年会議所が、日本の国技である相撲を通して、礼節を学び、勝つ喜び、負ける悔しさを知り、また、負けた人を思いやる心を養うために開催され、全国大会として既に、24年の歴史があります。若・貴兄弟も子供の時、わんぱく相撲で活躍をし、優勝しています。全国大会の予選を兼ねて、富士JCでも、青少年健全育成事業として、取り組み19回目を迎えての大会でした。この大会で優勝した、小学4・5・6年生は、富士市の代表として、6月22日に県大会に出場し、各学年10名参加の内、上位4名に入ると、全国大会として、両国国技館への出場となります。毎年、富士市から全国大会出場者が輩出されており、JCのメンバーが責任を持ち、全国大会まで、練習にも付き合い、当日の東京まで引率を行い試合に参加させています。

 私が子供の時、相撲はスポーツというより、子供達の遊びの一つでした。運動場の砂場や空き地で土の上に線を引き、良く相撲をとりました。放課後また、学校の休み時間、林間学校や修学旅行での旅館の中と仲間とけんかではなく、相撲をとった覚えがあり、勝った負けたと言ってじゃれ合い、仲間意識が育ったという感じでした。今、考えると、大きな怪我もなかったのですが、相撲をしながら、それなりに体が鍛えられ、擦り傷などは絶えませんでしたが、よくあちらこちらで見かけられた風景だったような気がします。しかし、何時の頃から、相撲はやらなくなってしまったようです。転んで汚れたり、相手に怪我をさせたりする恐れがある中では、先生もやらせないようですし、また、イメージ的に敬遠され始めているのかも知れません。また野球やサッカー、ミニバス等また、塾通いと習い事としてやることがありすぎて、子供達がじゃれあって遊ぶ時間が少なくなってしまったようです。この、わんぱく相撲というのは、相撲を経験するいい機会だと思っています。
 子供達の応援に父兄は基より、多くの小学校の校長先生が応援に駆け付け、自分の学校の生徒はもちろんですが、子供たちにあたたかい声援を掛けており、子供にとって励みになっていました。今回は韓国の子も参加し日韓の友好にも、一役担っていました。

 子供の輪に入り、マワシを付けたり、話をさせてもらいました。子供の輪の中で、小学校3年生の子に
「おりゃあ強いで、おじちゃんには負けないよ」
と言われましたが、昔も今もいたずらっ子みたいなガキ大将はいるんだなと、なんか安心しました。
ちゃんこも振舞われ、勝っても負けても、楽しい一日でした。

トホホの体育祭

 娘の学校の体育祭が、大変天気の良い中で開催されました。前日、娘に、
「明日は、午後から、総会があるし、午前中、片付けたいこともあるから、行けないかも。」
と言うと
「リレーにも出ないし、あまり見るところがないから来なくていいよ。」
と言われていました。

 高校生になってから、あまり親に学校に来てもらいたくなっているようで、無理して行くこともないかなと考えていました。朝、学校へ行く時に
「お父さんは、今日は行かないけど、楽しんできて」
と言い、もう一眠りしてから、仕事を片付けようと思っていました。ですから、今年は、娘の体育祭に行く気はありませんでした。妻は出かけて行きましたが、当然、私のお弁当は持って行ってはない訳です。お昼は、適当に、食事をするつもりでした。  

 ふと、携帯電話を見ると、着信ありの表示があり、電話をかけ直すと、同じ学校に通う先輩の市川さんが、どうしても、娘の学校の体育祭に行こうとの事でした。
 私は、娘に「来なくていい」と言われているから行かないと言うと、嬉しそうな声で、
「家は、娘がリレーにも出るし、来てくれと言われているし、お昼も一緒に食べようと言われているよ。でも、今まで、学校へ行ったことがないから、迎えに行くから、一緒に行ってくれよ」
との事、私は
「午後から総会があるし、子どもには行かないと言っているし、それに食事もないから駄目だよ」
と言ったのですが、
「食事は家のを食べればいいから、時間の方も顔を出したら帰るから、とにかく行こう」
という事です。先輩ですので結構強引です。結局、ノーと言えず・・・・・
 
 市川さんの娘さんも、お父さんの事を嫌っているのかと思ったら、案外仲が良いという事みたいです。また、市川さんも娘に「来てくれ」と言われて、嬉しかったようです。 私は、妻にも娘にも行かない宣言をしていたのですが、付き合いで急遽、娘の体育祭を、お昼間際に見に行く羽目になりましたが、行かないと言っときながらちょっと、体裁が悪いです。
 午前最後のリレーも人の娘さんを応援し、お昼も家族とではなく、市川さんの家族と食事をとりました。娘の種目が何に出ているかわからず、娘の姿を見る事はできませんでした。なんか、娘と妻には怒られそうですが、行きがかり上、変な体育祭への参加となりました。


 午後からの総会があったので、食事をとった後、帰ろうと思っていたのですが、偶然、娘にあってしまい、気まづい雰囲気でしたが、今日のブログの取材に来たと言い、写真を撮り、すぐに退散いたしました。トホホな体育祭でした。
 こんなんだったら、朝から、行けばよかったと後悔しています。ジャンジャン!!

富士市水道組合連合会

 富士市水道組合連合会総会が総合庁舎6階で13時30分より、開催されました。部屋の中は、蒸し暑く、食事の後の午後の総会でしたので、不謹慎な事ですが、眠気が襲ってきた為、居眠りをするのを我慢することが精一杯で、話が頭の中に入ってきませんでした。
 眠くて眠くてしょうがなかった為に、来賓席に座っているものの、会長の挨拶を資料に書いて、目を瞑るのを防いでいました。書いてたおかげで、話の内容が、その場では何を言っているのか分りませんでしたが、なんとなく家に帰ってから理解でき、返って良かったかも知れません。(午後の会合は苦手です。) 

 水道組合連合会は、昭和32年に水道法が施行された後、地域での安定した水の供給の為に、昭和34年12月に水道連合会が組織されました。現在の給水戸数は、8,341戸です。しかしながら、運営上の問題からも、今後は、簡易水道は、行政に委ねた方が良いという考えの中で、統合に向かうべき方向性にあります。しかしながら、各地域により、統合については、問題点も多く、進みにくい状況もあり、まだまだ地域においての大きな課題の一つであります。

 水道の普及率は静岡県では、平成19年3月末時点で、98.9%と全国的に見ても、高い普及率であるとの事ですが、未だ4万5千人の山間地域の人たちには水道が引かれていない状況であるそうです。

 富士市では、蛇口を捻ると水がで、そのまま飲むことができる水道水は、当たり前のようですが、東京では、消毒臭くて飲む事ができません。東京にいた時、水道から白く濁った水が出てきたときは、驚きました。海外に行った時も、水道の水は飲んではいけないと言われています。お金を出して、水を買わなければいけない時代になってから、コンビニでもミネラルウォーターの種類も豊富になりました。安心して、飲める水がでる、富士市の水道の水は、本当にありがたいことだと思われます。

 昼間の会合で眠くならないよう、夜、しっかり寝なくては思いますが、ついつい夜更かしをしてしまい、睡眠不足です。寝不足は集中力も欠けますので、気をつけたいのですが、思うように寝れない状態でちょっと悩んでます。

署名のお願い!

               署名のお願い
 富士市立中央病院に医師を派遣している東京慈恵医大が、産婦人科医師を来年3月末で4名の医師を引き上げる方針が伝られました。
 医師不足は産婦人科だけの問題ではありませんが、富士市立中央病院産婦人科が閉鎖してしまうと、地域の拠点病院としての機能がなされなくなり、民間の産婦人科も閉鎖してしまう恐れもあります。このままでは、富士市ではお産が出来なくなってしまう状況になります。
 来年3月とは伝えられてはいますが、お産をする女性の期間を考えると、この6月にはなんらかの結論を出さなければならない状況であり、早急に署名を募り維持を求めなければならないと思われます。全市的な問題ではありますので、すでに署名活動が始まっており、多くの皆様にも、ぜひともご協力をお願いしたいと思います。別紙署名用紙にご記入をお願いします。
 なお、署名については、全市的に取りまとめられ、市長が病院等に陳情してもらう予定になっています。

 以上のような文面で、私の地域では、富士市立中央病院の産科医引き揚げ方針に対して、署名が始まりました。これは、すでに署名活動が行われている「富士市立中央病院 産婦人科を守る会」の署名への協力によることで、より多くの方の署名を頂く為に、地域用にお願い文が掲載された上で署名活動をしようと私の住む地域の役員の方が動いてくれ始めました。
 中央病院において医師不足は、今後も考えらる事で、現実問題としても、麻酔科のお医者さんも現在1人という状況では、いなくなると手術もできなくなってしまう事になってしまいます。産婦人科の問題では留まらない事ですが、産婦人科に関しては、来年3月と言っても女性の妊娠期間を考えると6月に維持存続の結論を貰わなければ、お産ができない状況になってしまう為に、早急に対応しなければという活動に変わりました。
 議員としてというより、富士市民として、地域は基より、所属団体にも、お願いをして署名を進めています。
 本日も、須津地区の福祉推進会議の総会においても、期間がない中で、各区長さんの名前で、署名活動をお願いし、取り組んで抱ける話になりました。すでに、多くの団体でも署名は始まっておりますが、全市的動きとして、より多くの人の署名を集め、世論の力を借りた中で、必ずや産婦人科の維持、その先の中央病院を、安心・安全(信頼に応える)な拠点病院としての役割を、担える形にしなければいけないと思います。
 当然、地域医療の崩壊を防ぐ為に、議会においても意見書を始め、病院の在り方に対しては、しっかりした対応を取らなければならないと思っています。恐らく、何らかの形で、この6月議会において、動きがある事は間違いないと思われます。

 すでに、皆さんも署名は済んでいると思いますが、病院問題はもっと、もっと市民の皆さんが危機感を持たなければならない事です。まだ、署名してない方がいるようでしたら、大至急署名にご協力ください。

タスポって何?

 私は、25年位前まで、たばこを吸っていた時がありました。当時、脱臼癖がつき、脱臼癖を直す為に、手術をしました。左肩にはセラミックが埋め込まれており、脱臼はしなくはなりましたが、その時の手術ミスだとは思いますが、左手の神経をいじられ、肘より下の手頸、指が動かなくなってしまうという頭骨神経麻痺という状態にさせられてしまいました。明らかに医療ミスだと思いますが、当時は直して頂くことが第一でしたので、大騒ぎをせず、治療に専念しました。その時に、神経は一日1ミリしか伸びない上に、「たばこやお酒を飲むと神経は回復しない」と言われ、嫌がうえでもたばこもお酒も辞めました。それでも1年間は元に戻らず、その後遺症で左手首は未だに正常に曲がらない状態です。それと同時に、左側の肩、手の筋肉は元には戻っていません。言い訳をする訳ではありませんが、そのせいで、あまりゴルフがうまくならないと思っています。手の治療をして以来、たばこは吸わなくなりました。ですから、たばこを買う事はないのですが、いろいろなところでタスポという言葉を耳にしたり、目にするようになってきました。
 タスポとは、未成年者喫煙防止の取り組みの一環として、2008年3月より順次、全国のたばこ自動販売機は「成人識別たばこ自動販売機」に入れ替わっています。自販機でたばこを購入する際必要な、成人のみに発行される成人式別カードで、成人識別ICカードが「taspo」(タスポ)です。
 平成20年7月1日から、全国で稼働させる予定になっている中では、先行的にパイロットエリアを設け、3月1日より、順次、稼働地域を広げながら、導入を進めていますが、富士市のタスポの稼働が6月1日からになっており、タスポ普及準備が進んでいます。でも、たばこを吸わない人たちには興味のないことなので、自販機でたばこが買えなくなろうがどうでも良いことなのかもしれませんが、喫煙家の人達にとっては、気軽に買えなくなる為に、自販機での購買が低くなると考えられています。実際、先行地域でも、自販機の売り上げが大きく減少しています。
 喫煙家に人達でも、タスポという言葉は聞いたことがあっても、申し込みはしていないという人がほとんどで、認知度と申込度は大きな差があります。自販機で売れなくなる分、自販機以外の場所での購買が増える傾向であると考えられます。

東京では7月1日からです。

私はたばこをすいませんので、あまり気にしてはいませんが、たばこを吸われる方は、タスポカードを持たないと自販機でたばこが買えなくなりますので注意してください。
 

中国・四川大地震

 昨日起きた、中国四川省の地震はM7.8大規模な直下型地震であり、すでに、死者数は1万人以上、倒壊家屋50万を越し、6万人が連絡が取れない大惨事になっています。被害の方は、刻々と広がっており、更に、大きな被害に発展して行くと考えられます。
 中国四川省からも多くの留学生やまた仕事で日本に来ている人達にとっては、関係する人達の安否が心配なされていると思います。また、四川省には、日系企業も170社が進出しているので、地元駐在の日本人の情報も早く欲しいところですが、被害の大きさからは、現地では通信網の大混乱が予想され、中々、確かな情報がはいらない状況であると思われます。
 
 一早いニュースの中では、小中学校の倒壊が報道されていました。その時点でも、同省の小中学校の5つの校舎が倒壊をしているとの事で授業中ということもあり、かなりの子供の被害も考えられます。(学校の倒壊の多さは驚きです)学校と言う場所に関しては、災害の時の避難場所という認識がある私にとっては、どうしてもっと地震に耐えうる頑丈な作りになってないのか、耐震構造を進めてなかったのか、まして、この地域は地震の多発地帯である事が分かっていて準備がなされてこなかったのか疑問に思います。(政策的にもどんな事をしても、子供のいる場所の安全性を確保しなければならないと思います)
 
 東海地震がいつ来てもおかしくない状況の中では、富士市の小中学校の耐震化も進めていますが、惨事にならない前に、耐震工事が終わるのを祈る事と出来れば地震が来ない事を願います。

  

テレビ等でカンガルー募金・ドラえもん募金等被災地への支援活動が始まっていました。コンビニエンスストアーでも、朝一番より、被災地への募金活動が始まりました。国は違いますが、おそらく議会、行政でも取り組みがあると思います。支援活動は、素早い対応が求められることだと思っていますので、少しでも早い行動をお願いしたいと思っています。

嘉興市友好訪問

 先ほど、中国の四川省で大規模な(M7.8)の地震があり、被害が心配です。

 富士市では、平成元年に中国の嘉興市と友好都市提携を結んで以来、人的交流に始まり、産業、文化、経済等幅広く交流を深め、来年には20周年を迎えようとしています。そのような中で、今まで、過去5回議会においても、嘉興市と友好交流を行ってきています。本年7月に市議会の一期目議員を中心として、友好訪問団を結成し、視察及び両市の更なる友好の輪を広げ、今後の市政発展にも役立てる事を目的として、友好訪問が行われます。

 本日は第1回目の会議でしたが、やはり、明確の目的を持ち、観光とは異なる、有意義な訪問にすべきとのもと意見交換がなされ、しっかりしたテーマを設けた中での計画を進めるために、詳しい内容等は、次回会合に持ち越されました。
 中国では、本年8月にオリンピックまた、2010年に上海万博と巨額な投資がなされており、それに伴い海外及び日本企業の進出も目覚ましいものがあります。しかしながら、その発展とは別に多くの問題もあるのも事実です。ギョーザでも大騒ぎになった食品偽装、オリンピックを前にしてのチベットとの紛争、決して、安心・安全の国ではないと思います。成長著しい国においては、多くの光と影が混在している国であると感じます。
 10年前に北京・天津・上海に行きました。ものすごい勢いで変貌しているという事を訪れた人やテレビ等の情報で聞いています。過去のイメージで中国を捉えてはいけないと思っています。個人的には、上海の経済状況の変化と都市構造・景観をじっくり見学したいのですが、あくまでも行政の公務としていく以上、目的を履き違えないようにしたいと思います。

 まだ先の話ですが、先輩議員には、食べ物だけは注意しろよと言われています。お腹が弱い私は、とても心配ですが、議員として行かせてもらう以上、自分なりに得ることのできる訪問としたいと思っています。

 会議が終了した後、小長井製紐さんの社長のお母様の葬儀に出席したのですが、この会社においても嘉興市よりの留学生を受け入れていると話しがありました。地元企業に嘉興市から来た方がいるのなら、情報収集の為にも、一度お邪魔して話を聞きに行ってみようと思っています。

*ちなみに現在まで
富士市から嘉興市へは、97団体 1290名が訪問
嘉興市から富士市へは、93団体  632名が訪問
しているそうです。

木の供養祭

 雨が降る寒い日でしたが、三日市のお浅間さんで、第15回木の供養祭が開催され参加しました。この供養祭は、日頃から日本人の生活に密接な関わりを持つ木に対して感謝の意を表そうと、毎年この時期に実施しています。今年も全建建築センターの役員さんをはじめ来賓各位の出席で執り行われました。あいにくの雨でしたので、ご神木にしめ縄を奉納する予定でしたが中止にはなりましたが、古い木のまな板などのお焚きあげは、なんとか小雨の中で実施されました。 
 日常生活においてあまり気にしてはいないのですが、木は多くの所で使われています。たとえば、まな板、はし、爪楊枝、燐寸など世話になっています。なんとなく使い、使いきりで捨ててしまっていることも多いわけですが、プラスチック製品よりも、木の温かみのある製品の方がしっくりきます。割りばしもやはり木でできてないと食事もおいしく感じません。身近に使われている木に関しても改めて、感謝の意を尽くさなければと思われます。
 日本は、木材消費大国でもあります。しかしながら、その消費される木材は、なんと8割は輸入したものです。「木の文化」の国として、はたしてこれでいいのかと思われます。
 富士市も、富士ひのきの利用促進を促していますが、値段が高く、なかなか消費に繋がらないことと、やはりヒノキのブランドとしては、価値が低いという事を聞いたことがありますが、地産地消の意味合いからも、利用による多額の建築補助をだすなどの画期的な利用促進策を打ち出さなければいけないような気もします。
 県においては、県産材の積極的な利用として、静岡優良木材を使って木造住宅を建築する方に30万円助成しています。家を建築予定の方はぜひ「静岡優良木材の家支援制度」をご検討してみてはいかがでしょうか。

人生50年とは、

 商工会議所青年部の20年度の総会が、昨日の17時半より、グランドホテルで、商工会議所会頭・市長の他に関係団体の出席の基、開催されました。通称YEGといわれていますが、商工会議所の次代を担う、50歳までの若手メンバーで構成されています。
 新たに本年度の会長に、増田君が選出され、本日より会長職に力を発揮すると思われます。YEGも50歳を区切りにして、卒業をいたします。そして、YEGで研修、研鑽した事柄を、これからの、仕事、商工会議所活動、社会奉仕活動等に役立て、更なる飛躍につなげていくこであると思っています。50歳は、今の時代では、働き盛りであり、まだまだこれから社会の中枢で活躍をする位置づけにあります。
 総会が進む中で、電話があり、出ると要件は本日、19時より開催される、通夜の話でした。私は、その葬儀に対して、連絡をもらっていなかったので、YEGの総会に出ていたのですが、どうしても出なければならない関係の人の葬儀でありました。通夜、葬儀の日程を聞くと出られるとしたら、明日もすでに予定が入っているために、今日の通夜しかないとその場で判断し、グランドホテルを抜け出し通夜に向かう事にしました。幸い、黒いスーツと白いシャツでしたので、100円ショップに立ち寄り黒いネクタイを買い求めなんとかぎりぎり時間に間に合い参列できました。
 亡くなられた方は、私が昨年まで、奨学金を給付していた学生の父親です。奥さまは妻と同級生でもあり、お兄さんともPTAで活動をした関係でもあったので、何はさておき、どんなことをしても、出なければという行動になったのですが、改めて亡くなられた方の年を聞いて、ショックを受けました。享年50です。同じような世代で、また、同じ位の子供もいる、似たような家族体系を見ていると自分の事のような気にもなります。私ももうすぐその年になる訳ですが、まだまだ、やりたいこと、やらなければいけないこと、そして、家族の事を考えると、自分がいなくなる訳にはいかないと考えています。多くの人は、通夜に参列し、余りにも若すぎる死に心を痛め、また、残された人たちの心中を察すると、掛ける言葉にも詰まる状態でした。
「人生50年」という時代は、昔の話であり、ある意味、今は、50歳を新たなスタートとして、位置づける考え方である時代です。YEGの考え方もそうです。50を通過点とし、大きく飛躍していくことができるきっかけの年でもあるととらえられます。不幸が続いているのですが、世代が近いので、今回なんとなく複雑な気持ちになりました。
 お酒を飲みたい気分になり、祓いの意味を込めて、再びグランドホテルで行われているYEGの懇談会に戻りました。元気に仕事をし、仲間とお酒も飲める、また、活動出来ていると言う事に、幸せと感じ、感謝に堪えません。これから、何があるかわかりませんが、精一杯生きていくだけです。

バリアフリー基本構想

 本日の建設水道委員会において、吉原駅及び吉原本町駅周辺地区のバリアフリー基本構想が説明されました。これは、全国的に高齢化が進み、富士市においても、高齢化率は年々高まっており、障害者数も増加している中で障害者も健常者と同じように活動できる社会を目指す「ノーマライゼーション」の考え方が、浸透してきている社会背景にあります。。
 富士市の老齢人口も年々増加を続けており、高齢化率は18,1%と約6人に1人が65歳以上の高齢者となっています。

 誰もが、安全快適に、社会生活を営む事ができる環境が、必要であり、その為には、鉄道駅や市街地などにおいても、バリアフリー化が必要となってきました。このような社会課題に対応する為に「ユニバーサルデザイン大綱」を踏まえ「バリアフリー新法」が新たに制定されました。
 バリアフリー新法においては市町村が定めた基本方針に基づき、1 日あたり乗降客数が5,000 人以上または相当数の高齢者・身体障害者等の利用が見込まれる旅客施設(特定旅客施設)を中心とした地区(重点整備地区)について、旅客施設、周辺の道路、駅前広場、信号機等のバリアフリー化を重点的かつ一体的に推進するため、当該地区におけるバリアフリー化のための方針、実施する事業等を内容とする「基本構想」を作成することができます。

 これに基づき、JR吉原駅と岳南鉄道吉原駅のバリアフリー化と交通接点としての機能強化が図られ、また、岳南鉄道吉原本町駅周辺を重点整備地区に指定して面的なバリアフリー化が図られます
 事前にフィールドワークを実施し、いろいろな問題点を洗い出しており、高齢者の方、障害者の方々や事業者、施設管理者、関係各機関及び富士市の協働作業によって基本構想は、策定されました。
 詳しい内容は、市で発行する資料で確認していただければと思います。すでに、基本構想の概略は新聞にも報道されている部分もありますが、安心、安全、快適な社会生活を営む環境整備が他の地域、富士市全域にも及ぶことを望みます。

 連休明けの久しぶりの委員会への出席でした。質問をしようかどうか悩んでるうちに終わってしまい、ちょっと残念な感じもします。ちょうど、野球で言えば「見逃しの三振」とでもいいましょうか。