すどの杜 納涼祭

 私の家から、歩いて200メートル位の近さに特別養護老人ホーム「すどの杜」があります。「すどの杜」ではおおむね65歳上の疾病による身体的、精神的障害を自宅で過ごす事が困難な方が入所している福祉施設です。

 すどの杜の第13回目の納涼祭が、日曜の昼間、開催されました。以前は、室外の駐車場で開催されていたようですが、この時期の暑さや天候により左右されるので、昨年より室内で開催されています。したがって、外のいるだけで汗が出てくるようなところでのセレモニーではないので、参加している人は大変楽でもあります。なにより、入居者の人たちにとっても、炎天下でのお祭りでないので、快適に楽しめられます。
 すどの杜での、大塚理事長の考えは、地域で豊かな生活の為に、施設に関係する人は地域の人々と、共により良い生活環境となるよう努めるとし、積極的に、スタッフ、ボランティアの人達と色々なイベントを開催しています。
(須津ボランティアの皆さん)

 納涼祭でも、中では、子供たちのチアリーディングや踊りが披露され、また、外の出店として、須津ボランティアの方々や、吉商本舗、無料マッサージのさがメディカル、まつぼっくりさん等も出店し、多くの人が買い物をして賑わっていました。
 多くの入居者の人達にとっても、楽しみの一つであり、またイベントを開催する事により、地域の人達が訪れ、刺激にもなっているようで、皆さんが、それぞれに嬉しそうな顔をしていました。

 私も、帰りがけに、生まれて初めて、炎天下の外でのマッサージを体験いたしました。疲れているので、気持ちはいいのですが、暑さの為にうつ伏せになっているとズボンやシャツが汗でくっついてくるのが分り、顔から汗が噴き出てくるために、ひいてある紙の布きんがびっしょりとなっていました。でも、マッサージしている先生は、もっと暑いと思っていると思いますが、顔色一つ変えずに30分位揉み続けてくれました。
 無料でしたが、手を抜かずしっかり揉んで頂き、疲れも取れなんか、お祭りに参加して儲かっちゃいました。

おまけですが、すどの杜の「人相は悪いがやさしいヤングリーダー」のにんきもんの増田君です。

 

ふるさと浮島春山まつり

 梅雨明け宣言がなされ、大変暑い一日でした。地域においてのお祭りが先週ぐらいから開始され始めていますが、本日も浮島地区まちづくり推進会議が行うお祭りが盛大に開催されました。

 浮島地区は一番東に位置する地域です。私は36人の議員の中で一番東に住む議員です。そのような意味では、浮島地区のイベントに参加させてもらい、地域の人達との交流の場としたいと思っています。浮島地区では、地区の議員がいない中では、今後、一番近くに住む議員として、地域住民と一緒になれるような形を取ってくれていますので、自分なりに、このようなイベントには、積極的に参加し、より多くの人と接し、色々な話をさせてもらえる事に、感謝しています。

 地域力が求められる中では、浮島地区の団結力は素晴らしいものがあります。しかしながら、少子高齢化が進んでいるのは、この地域の大きな課題であります。今後の10年を踏まえた第5次総合計画の策定は、この地域においても、どのようなまちにするかを真剣に考えなければ、いけない事です。お祭りや運動会などのイベント通じ地域の交流を深め、住民の声を反映させる為にも、今日のようなイベントは大切であると考えられます。
 私もグルッと一回りする間には、多くの要望と、ビールをすすめられました。一年前に比べ、知っている顔が多くなった事は嬉しいことなのですが、お酒が入り、いろいろな話を聞いている内に、何の話をしているのか分らなくなってしまう事もあるので、明日以降、しっかり、区長さんの所に行って改めて話を聞かさせてもらうつもりです。

 浮島のお祭りを途中で引き揚げ、その後、私の地域のお寺の住職が結婚をなされ、有志の皆さんでお祝いの会を開催しているので、お酒を飲んでしまった私は、妻の運転で、夫婦で参加させてもらいました。
 住職は私の富士高時代の同級生のお兄さんにあたり、その住職が結婚でき、本当に良かったと思っています。お寺の仕事はお付き合いもあり、ある意味、議員と同じような所があると思っています。ぜひとも、奥様を大事にして、お寺の行事を進めてもらいたいと思っています。私も酔った勢いで、
「私は、奥さんを大事にしており、名前を呼ぶ時も、さんではなく、様付けをして呼ばせて頂いております」
と言ったら、誰かが、
「今、言った事は、皆、覚えているからな。」
と言っていました。私は、それ位、奥様を大事にして欲しいと言う意味でいったのですが、実際、迷惑をかけているので、様付けはしませんが、大いに感謝しています。
幸せな顔をしている、住職

 住職、是非、奥様を大事にしてください。

恥ずかしながら・・・

 

 昨日、午前中、市役所で用を足して帰ると、大きな箱が届いていました。箱を見て思い出したのですが、恥ずかしながら、誕生日であった事を思い出しました。

 今更、誕生日だからと言って、嬉しがる年でもありません。花が送られてきて、思い出す位ですので、そんなに自分にとって迎えて嬉しい日と思ってないかもしれません。
 歳を聞かれて、だんだんいくつになったと言うのも、抵抗がある歳になってきたのですが、また、一つ歳をとり、ふと、思う事は、あっという間の一年であったと思います。昨年の誕生日も忘れていて、大雨が降り、地域での災害活動した後、夜中に帰って娘に祝福されて思い出しました。
 とはいえ、誕生日を迎えられた事は、大きな病気や事故もなく、家族が無事一年間過ごせた事は、幸せなのかも知れないと思っています。歳をとったから、どうのこうのというのはないのですが、区切りと言う事では、また、来年の誕生日までは、それなりの日々を送っていきたいと思っています。
 議員になってから驚いた事が一つあります。それは、36人いる議員で、同じ日に生まれた方が、私の他に2人いる事です。偶然ですが、昨年、水害について一般質問をした時に、
誕生日を迎えながらの水害活動と発言をした後、大先輩の味岡議員が、免許証を提示しながら
「君と同じ日に生まれたよ」
と言われました。奇遇だなと思い、他の議員の誕生日を調べると、もう一人先輩議員の石橋さんが同じ日に生まれていました。36人の中で、3人も同じ日に生まれたと言う事は、偶然にしててもびっくりです。個人的に妙な親近感を持ってしまいました。

 

 きっと私以外の方もそれぞれに、生まれた日を昨日祝っていると思いますが、私は、夜、家族で誕生日を祝う事はなく、商工会議所の青年部の納涼例会で、多くの人の前で誕生日を祝ってもらいました。ケーキには、ロウソクがぎっしりと飾られ、消すのだけでも苦労しましたが、多くの人に祝福されるのは、恥ずかしながら、感激もしました。また、知り合いの娘さん南ちゃん(小学5年生)から、手紙も貰い、思いもよらない誕生日で嬉しい一日でした。

 
 更に、夜中に家へ帰ると、娘から、誕生日のお祝いとして、肩もみ券を頂く事が出来、なんとなく、胸が熱くなった中で、寝てしまいました。
 歳をとる事を老いる事とは思わず、新たな希望をもって、有意義に過ごしたいです。
 そして、来年も、嬉しい一日になる事を願い、精進していきます。

人はなぜ非行・犯罪を犯すのか

 

7月は社会を明るくする運動月間です。須津地域でも、安心安全なまちづくりを推進する為の地域啓発の一貫として、日曜の夜に講演会が開催されていましたので、妻と参加してきました。

 講演内容は、「人はなぜ?非行・犯罪を犯すのか」と題し、元県の職員で現在、スクールカウンセラー、富士市特別支援教育専任相談員、そして保護司を務める臨床心理士の房間貞(ふさまただし)氏が、実例を交えた中で、愛着・信頼そして感情コントロールの形成についての話でした。
要訳すると、非行・犯罪とは周知されているのは、少年の触法行為、虞犯行為、成人の犯罪の行為等の総称でありますが、現在は、万引き、自転車盗が非常に多く、罪を犯してもその行為に対しての反省は稀薄である事は再犯性が多い事が物語っています。青少年が万引きをして捕まると、警察に通報され、児童相談所に連絡があるそうですが、親の中には、お金を払えば、良いと片付けてしまう人もおり、犯罪を生む背景には、家庭環境、特に親が大きな影響を与えていることが考えられます。また、非行を犯した多くの子供達は、乳幼児期に保護者に適切に養育されていないことは明白です。その為には、人生の初期の感情システムの形成をするのに最も重要なことは、「信頼できる保護者の存在」であり、「保護者に適度に愛されているか」を感じさせられことだそうです。家庭と親の役割がしっかりなされない事に、非行や犯罪を引き起こす要因があることが説明されました。その他にも、発達障害から見た非行傾向の理解についても話されましたが、いずれにしても、非行はただ、叱るだけでは効果は余りないと言われ、最後には、先生が作った標語で、
「見つけたら 許すな 小さな非行の芽」で締めくくられました。

今回 妻は、チラシを貰い、珍しく興味を持ったようで、ぜひ聞きたいという事で、夫婦で勉強させてもらいました。いつも思うのですが、このような、有意義な会を開催しても、同じような方の参加が多く、幅広い参加が本来されれば良いのにと感じます。

講演が始まる前に、音楽会を開催し、趣向を凝らしており、音楽会は子供達が参加し和やかな雰囲気で大変良かったです。でも、本来の目的の講演は、子供を引率で連れて来た人達は、子供を連れて帰るので聞く事が出来なかったようです。今回の内容は、子育てをする人、している人にぜひ聴いてもらいたい話でした。
 家庭や地域で犯罪をなくす運動を進めてはいるものの、なかなか人を集める事や理解を推進していく難しさを感じました。

茶道裏千家淡交会


朝、実家の母親から連絡があり、
「議員になったのだから、少しぐらいお茶の礼儀作法も学んだら」
という事で、日曜に開催された茶道裏千家淡交会のチャリティーお茶会に参加しました。

淡交会とは14代家元淡々斎宗匠の斎号に因み命名されたもので、荘子の「君子之交淡若水」(君子の交わりは淡きこと水の若し)に典拠するもので、淡々としてあたかも水が流れるように何事も執着せずどんな時も感情に流さされない平常心の交わりを意味し、茶禅一味の精神を根本とするそうです。

また、裏千家は学校茶道部として、「総合的学習時間」や「学校設定教科」等で体験学習として、お茶を授業に取り入れている学校も増えている中、本日も、富士東高や富士宮北高の生徒さんが沢山参加しお茶を入れてくれました。


「てっさん」 と 牧田会長と共に

淡交会の会長や幹事長さんまた、役員さんが知り合いでもあるので、作法もあまりわからないのですが、母親に横についてもらい、指導を受けながら、お茶を嗜んできました。
 お茶会の始まりに説明の挨拶をしてくれた、お茶の先生の幹事長の渡辺哲夫さんは高校の大先輩にあたり、富士高ハンドボール部で活躍をされていました。卒業後も、部活動のハンドボールにも顔をだし、厳しい指導を受けた後輩からは、「鬼のてっさん」と言われ、たいへん怖がられた先輩でもありましたが、まさか、お茶の大先生とは、想像できませんでした。
 仕草振舞を見ていたのですが、あれが、「鬼のてっさん」と言われていた人かと思うほど、品のある振る舞いと高尚なお話を聞いて、改めて、驚きました。
       高価な道具ときよせさんのお菓子「朝の露」

また、最後の挨拶の中で、たまたまお見えの、富士宮の小室市長の奥様と私を紹介していただいたのですが、お茶の味も、道具の良さもわからない行儀の悪い私は、なんか気恥かしかったです。(長い時間正座をしている事が苦手です)
 今後は、もう少し、日々の生活とはちょっと違う雰囲気を感じるためにも、茶道を習いたいとは思いましたが、あれもやりたいこれもやりたいでは、すべてが消化不良になってしまう恐れもあり、母親も、お茶の世界は、奥が深いと言っていましたので、機会がある時に少しずつ、味わう事ができるようにしたいと思っています。
本当に、人生の中では学ぶこと沢山あります。
 

地域のお天王さん

 
 各地域においてお天王さんが開催されています。私の住む増川地区でも、朝から神輿を担ぐ準備を大当番さんがしていました。前日まで視察の疲れと、納涼会でお酒を飲みすぎて、余りの天気の良さに眩しくて目が開けられないような感じでしたが、そのような態度を一切出さず、元気一杯に、地域が一丸となる、神輿を担いできました。

 昨年は、雨が降る中で、御神輿を担ぎ、その晩には大雨がふり、江尾、境地区が浸水による被害がありました。でも、今年は、雨が降るような雰囲気は一切ありません。立っているだけで汗が噴き出す暑さです。役員の皆様は、
「これじゃあ、雨が降ってくれた方がいい。」
と言っていましたが、昨年は、
「こんな天気じゃ、神輿は担げないよ。」
と言っていました。一体、天気は晴れた方が良いのか、雨が降った方が良いのか、どっちなんだいと言う感じですが、天気はやはり、雨が降るより晴れた方がいいに決まっています。全く、皆、我儘なことを言うなと言葉には出せませんでしたが、心の中で思いました。
 お天王さんで、今、地域で困っていることがあります。それは、神輿の担ぎ手が少ないという事です。中学生がいれば事足りるのですが、中学生はこの時期、中体連が始まっており、参加ができない状態であります。、中学生の担ぎ手を確保する為に、ご祝儀を出して担がせていましたが、行事も重なり、ご祝儀を出しても人が集まらない状況では、年齢層が高い、担ぎ手が老体に鞭打って、地域を神輿を担ぎ、練り歩かなければならない状態です。かくいう私も、決して年齢的には、若い衆ではありませんが、地域の中では、貴重な若い衆という事で、神輿を担ぎました。
 あまりの暑さで途中、投げ出したくなりましたが、立場がある以上、最後まで、神輿を担いできました。久しぶりに気持ち良い汗と、地域の人と一体感を感じることができ、終わった後のビールが本当においしかったです。
 付いて回る子供たちも減り、地域のイベントは、段々関わる人が少なくなってきているような気がしました。どの地域においても、同じ事は言えると思いますが、隣近所の付き合いが気薄な関係になりつつある事は、面倒くささはなくなりますが、何か事が起こった時は心配です。地域の行事は、できるだけ継続し、地域力を高める努力をしていかなければいけないことだと、神輿を担ぎながら思いました。
 ほんとに暑い一日でしたが、それより、明日以降の筋肉痛が密かに心配しています。年をとると後から体が痛み始めますので・・・・・・

社会を明るくする運動


 夕方、妻は西友、私はユニー、買いものに行った訳ではありません。夫婦、別々に、「社会を明るくする運動」の街頭啓発活動に参加してきました。多くの団体が参加しており、ユニーでは小林副市長の挨拶の後、タスキを掛けて啓発を行いました。

 「社会を明るくする運動って」

よく目にしたり、聞きますが、
 
「何ですか?」
と聞かれます。

 「社会を明るくする運動」はすべての国民が、犯罪や非行の防止と罪を犯した人たちの更生について理解を深め、それぞれの立場において力を合わせ、犯罪のない明るい社会を築こうとする全国的な運動で今年で、58回目を迎えます。

 テレビや新聞では、毎日のように事件のニュースが報道されています。安全で安心な暮らしはすべての人の望みです。犯罪や非行をなくすためには、取り締まりを強化して、あやまちを犯した人を処罰することも必要なことです。しかし、立ち直ろうと決意した人を社会で受け入れていくことや、犯罪や非行をする人を生み出さない家庭や地域づくりをすることも、またとても大切なこととされています。

 立ち直りを社会でささえていくという考えの中で、地域社会における支援が大切とされ、本年も「おかえり」というキーワードで、啓発活動が、富士市でも行われました。

市長の奥様も参加していました。

 夕方の忙しい時間、夫婦で啓発活動はいいのですが、子供の迎えに行けずに、子供は怒っています。
「社会を明るくする運動」もいいけど、「家庭を明るくする運動」も力を入れないといけないと思いました。

フジヤマフェスタ


 

 あいにくの雨となってしまいましたが、ふじさんめっせで、学生と企業がコラボしたイベントの「フジヤマフェスタ」が昨日より開催されています。

 雨の合間をぬって、見学をしてきましたが、駐車場には、車、車、車だらけで、ものすごい混み方だなと思ったのですが、良く見れば駐車場の車には、全面ガラスにプライスがついた、販売用の商品でした。
 昨年から開催されている地域密着型のイベントですが、学生に働く楽しさを感じる機会を事業者が提供し、また、事業者も若者と接点を持った中で、情報を共有しながら、地域の活性化に繋げようと中古車事業者30社と地元の学生が協力しながら、運営されています。

天候不順の為に、天気と車の売れ行きが気になる主催者さん

 中古車フェアの他にも、会場では、盲導犬や災害救助犬などの働く犬の実演が行われていましたが、土曜には外で実演できましたが、雨が降ってしまい外でできないのは残念でした。

 いよいよ24日から議会が開催されます。金曜日に議運が開催されて、一般質問の正式な時間割が発表となりました。24日3人、25日5人、26日5人、27日4人となり、私の順番は通告受付が7番だったので、25日午後2時位から一般質問となりました。質問内容の整理をしなければ、しなければと思うんですが、地域の要望事項もあり、雨の中、現場確認にいったり、大雨注意報とででいるので、河川を見に行ったりしており、あっちへふらふら、こっちへふらふらで、落ち着いて取り組めません。

 明日より、と言うより、今からブログもほどほどにして、質問に取り組みますので、ブログが書けない時もでるかもしれませんが、あしからず。 (そんな言い訳はいいからとっとやれって感じですよね)

桜ともみじの下草刈り

 須津川渓谷の自然維持活動として、年に2回、6月と10月にまちづくり推進会議が中心となり、桜ともみじの下草刈りを行っています。

 町内会長は勿論ですが、前町内会長も出席義務(?)になっているようで、多くの地域の役員さんが集まり、須津川の大棚の滝まで桜ともみじを植樹した所の下草刈りをし、植樹した木が良好な状態になるように取り組んでいる事業です。

 雨にも降られず、そんなに暑くもなくて、下草刈りをするには絶好のコンデションでしたが、私の体の調子は、最悪の状態でした。前日、寝不足の中、職員ソフトボールに参加し、その後、静岡での勉強会を経て、総会、懇親会と出てきたのですが、つい、お酒が入った勢いで、話が盛り上がり、帰りが午前様になってしまいました。
飲みに行った皆さんには、
「明日は、朝早くから、地域の草刈りにいかなければならないから、早く帰りますから」
と念を押していたのですが、ついつい時間が立つと、明日の事など忘れてしまい、夜中の帰宅となってしまいました。(全くショウガナイデスネ。ちょっと自己嫌悪に陥っています。)

とはいえ、地域行事ですので、朝、6時には起き、支度をして参加しました。眠いし体はソフトボールの参加で痛いし、テンションが上がらない状態を保ちながら、トラックに乗り込み須津川の上流部まで護送されるかのように連れて行かれました。 
 当然ボランティアですので自主参加ですが、やはり、地域の自然保護の為には、議員というより地域住民として、自らが、率先して、参加しなければなりません。

 桜ともみじの管理に関して、広葉樹を植えることにより、針葉樹だけではなく、景観的にも良くなり、葉が落ちることで、水源涵養の役目も果たします。須津川渓谷は、多くに人が訪れる場所になっていますので、訪れた人たちにも、きれいな環境を提供することも地域の役割として必要なことであります。

急な斜面の草も刈っています。

 カマを使い、草を刈っているうちに自然と、眠気と体の痛さはなくなり、自然の中で気持ちよく汗を掻かせていただきました。
 一人一人が汗を流すことによっての郷土愛を育むためにも、この事業は大切だと思っています。

運動会で思った事

 雨で延期になった、地域の須津小学校の運動会に行ってきました。前日とうって変わって、晴れ渡り、雨が降った後でもあるのでグラウンドも砂埃も起こらず、絶好の運動会日和になりました。私の子供達はすでに小学校は卒業しており、小学校の運動会は縁遠くなっていましたが、議員になり、招待状をもらうようになった為、地域行事の把握の目的もあるので積極的に参加させてもらっています。

 子供達にとっても、運動会は、学校行事の中で大きなウエイトを占めるイベントだと思いますが、ふと私は、疑問に感じた事がありました。他の地域の小学校でも、同じに日に運動会が行われている所もありましたが、10月に行う小学校もあります。どうして、公立の小学校なのに時期が違うのかなと思いました。私が子供の時に通っていた原田小学校は、毎年秋に行われており、運動会の時の昼食に必ず、風物詩的に、ゆで落花生と栗を茹でたものや青いミカンがあったのを覚えています。私の感覚でいくと、子どもの時に「スポーツの秋」と言われ、体育祭や運動会は、季節が涼しくなる秋という季節感をもっていました。どうしても、秋に運動会をと言う訳ではないのですが、なぜ5月の終わりなのかと思っています。たぶん、地域行事との絡みがあるからかなと思っていますが・・・
 しかし5月の終わりにやる運動会だと、時期的にも、早く、4月に新学期になったばかりで、特に新1年生は、学校生活に慣れていない中での開催で運動会の練習もあまりできないのではないでしょか、それは他の学年にもよると思いますが、団体演目に関しても十分な練習時間が取りにくいような気がしました。そんな事を考えて、プログラムを見てみると、なんとなく演目数も少なくなっているような気がしました。まあ、短い期間で準備してやっているのですからそれなりに工夫をしているとは思いますが、子どもたちの事を考えたら少しずらしてもいいような気がしました。(勝手なこと言ってすいません。)

 あと、気になったことは、やはり見学に来ている父兄のマナーです。日差しが強いのはわかりますが、多く方が日傘をさしていました。雨が降っている訳ではないのですから、日傘を前の方でさされると、後ろの方は見えづらく、また、前に出ようとした時に、目にでも当たったら危険な気がしました。見る方のマナーも考えてほしいなとちょっと感じました。

 姪っ子も運動会にでていたので、姿を見つけて声をかけてやりましたが、手を振り返してくれました。
自分の子供はいなくても、関係している子供を見かけると力が入ってしまいました。
 やはり、運動会は親も子供も楽しみにしている一大イベントです。楽しく過ごしたいものです。

 

ロータリーで卓話

 毎週木曜の12時30分より13時30分まで、吉原ロータリーでは例会が開かれており、ほとんどの例会において、卓話が30分間行われています。
 昨日、そのロータリーで卓話を依頼されており、30分間、「市議会議員になって一年を振り返って」という題で話をさせて頂きました。しかし、30分と言う時間は短いというか、話す事が脱線したというか、まとまりがないような話になってしまいました。言い訳をする訳ではないのですが、前の日まで、視察に行っており、話に入る前に、視察の話が出て、笑いながら
「荻田君視察に行ってたみたいだが、温泉場でおいしいものを食べて、芸者でも呼んでたんじゃないか、この前もどこかで問題になってたぞ」
と言われ
「まさか、真剣に視察をしてきました、今回も3日間6項目ぎっしりやってきましたよ。それなら、今日視察について報告をしながら、政務調査費についてふれますから」
と用意してきた話を多少変えようと思いました。そんな訳で
次第を作ってきたのですが、脱線は承知で、視察報告をしながら、富士市議会での政務調査費年間45万円の使い方についての話からさせてもらいました。
 よく、誤解されているところは、政務調査費が議員に給与以外の第2報酬と勘違いされている部分にふれ、富士市議会においては個人にそのお金が入るのではなく、会派に入り、会派において管理され、視察、研修、資質の向上及び調査に使われるとともに事務局の管理費等に使われており、個人にはお金は入らない事を説明させてもらいました。県会議員の月個人に45万円入る政務調査費とは明らかに違う事をご理解してもらいました。
 視察についても、観光旅行のように取られていたりする事を、少なくとも私が、関係している視察に関してはそのようなことなく議会事務局に視察報告書を作成して提出している事、また、その提出している書類を皆さんにも見て頂こうと視察報告書をもってきていたので、皆さんに回して確認もしてもらいました。
 政務調査費に伴う視察については、議員がしっかり説明をしていく必要があると思っています。何を学びに行くのか、何を学んできたのか、またそれが今後何に活かせるのか、しっかり報告をしていかなければなりません。本来なら行った1人1人がすべき行為であると思いますが、私自身は、自分なりに報告書は、その都度記録としても作成して行くつもりです。
 また、卓話の最後に、メンバーの方から、
議員になられた方に、先生という呼び方をするがどのように考えるかという問いかけがありました。
 まさしく、議員は先生と呼ばれるほど偉くも立派でもないと思っています。私も議員になってから、先生と呼ばれると、なんか背筋が寒くなるし、気恥ずかしさとなんとなくおだてられながら頼みごとでもされる様な気がして、抵抗があることを話し、あくまでも先生ではなく、議員と言う形で紹介や呼んで頂きたいとお願いをいたしました。
 30分間では、話したい事が何も言えないような気がして、ぜひこれからもこのような機会を頂きたいとお願いをして、まとまり無く終わったような状況です。

浪速のカリスマ講師

 
 先日亡くなられた(株)アストの高木会長の社葬があり、法人会の総会には出席できませんでしたが、総会終了後の、浪速のカリスマ講師のふくだ友子さんの「すべては発想の転換」からをたいへん楽しく聞かさせてもらいました。
 カリスマ講師と言われるだけ、、軽快な大阪弁と会場の雰囲気を読んだ講演は、笑いあり、涙あり、パフォーマンスありの会場の巻き込んだ講演会で、「ほんの少し視点を変えれば、人生は大きく変わる」と言う内容で90分の講演はあっという間に過ぎました。

 顔の表情の重要性を説明した後で、隣合わせた方と握手をしたのですが、自己紹介を通しての親近感をもたせ、顔の表情により、印象豊かに話すと、より好意的になり、改めて握手をすると、手が暖かくなり、より握手の意味合いが深まると言われ、私も、今まで、やみくもに握手をしていましたが、より好感がもてる握手をするには、十分表情豊かに会話をしてからの方が、効果があることを学びました。また、じゃんけんを何も考えないで、とっさにじゃんけんポンをさせるとその人の性格がわかるとのことです。

グーを出した方は、攻撃型の人です。
パーを出した方は、楽天的な人です。
チョキを出した方は、人間はとっさの時はだいたいが、グーかパーであるがチョキを出す方は戦略的な方が多く、経営者や政治家が多いそうです。

 私は迷いなく、パーを出していました。経営や政治には向いていないのかも知れません。でも、人間は3種類ではないと思いますが・・・・

 ふくだ先生は終盤、自らが、ストレスで追い込まれ、体が動かなくなくなってしまった話をしました。心が閉ざされると体が固くなり、体が固くなると言葉まで出なくなることを自らが体験し、回復した時に救われた言葉は、看護師が、固まった両手を包み、体をさすりながら言ってくれた「そんなに頑張らんでええのよ」という言葉の暖かさ、「大丈夫よ、泣いていいのよ」と言ってくれたことで流すことができた涙、それらが今の原点であり、その時、「頑張れ」と言われていたら今はなかったというという、辛い時、大変な時、誰しもがもがき苦しみ、頑張っているわけで「頑張れ」ではなく、「大丈夫よ」という言葉により、元気を与えることができる魔法の言葉である話は、経験に基づいた重みのある話で会場が笑いから静寂につつまれました。

 確かに、私もやみくもに頑張れよと言われる事に抵抗を感じることがあります。頑張れよと言うのは、他人事であり、一人でなんとかしろと言われているような気にさせられる時があるのも事実です。だから私はいつも、「頑張れよ」といわれると「一緒に頑張ろうよ」という事にしています。自分一人では頑張れない時がいっぱいあります。特に、議員をやっているとつくづく感じます。
何をやるにも「一緒にがんばろー」です。

バラが咲いた。

 バラが咲くシーズンになりました。バラは富士市民の花でもあります。

 富士市民の花「バラ」が中央公園で見ごろを迎えた中で、日曜日に「第3回富士バラ祭り」が開催されました。園内には、オリジナルバラの「かぐや富士」をはじめ208種1320本の赤、黄,白、ピンク等色鮮やかに咲き乱れています。ばらの甘い匂いが漂い、訪れた人達がそれぞれにバラを愛でていました。

 
 バラの起源は恐竜の時代、というくらい古いのですが、栽培され始めたのは紀元前 古代ペルシャといわれます。
ギリシャ ローマ時代は薬用、香料用として盛んに利用されていましたが、次第に観賞用としても栽培されるようになりました。今では、多くの家の庭でもバラが一般的に見ることができるようになりました。

 バラは富士市民の花ですが、市民には、あまり浸透していないような気がします。もっともっと多くの人に知ってもらえるようなPRしなければいけないような気がします。また、バラ祭りも地域だけではなく、観光資源と捉え、富士市に訪れる人にも知って頂く事も考えなければいけないよう気がしました。

 中央公園だけではなく、市役所や駅、商店街等にバラのフラワーバンケットを飾り、市を挙げてもっと広くバラを見せる事を進める事もよいのではないでしょうか。また、母の日が、先週あったのですが、母の日はカーネションを贈るというようになっていますが、富士市では、季節的にも、バラの花を贈るというように変えてもいいような気もします。(知りませんでしたが、父の日にバラを贈る方もいるようです)
バラを使ったまちづくりがあってもいいと思います。

 ばらが咲いた。ばらが咲いた。真っ赤なバラが、寂しかった僕のまちにバラが咲いた。

そんな思いでばらを眺めてきました。

わんぱく相撲富士場所


 富士総合運動公園には立派な相撲場があります。「第19回わんぱく相撲富士場所」もこの、立派な土俵の上で、ちびっこ力士達110人が参加し、熱戦が繰り広げられました。

 わんぱく相撲は、東京青年会議所が、日本の国技である相撲を通して、礼節を学び、勝つ喜び、負ける悔しさを知り、また、負けた人を思いやる心を養うために開催され、全国大会として既に、24年の歴史があります。若・貴兄弟も子供の時、わんぱく相撲で活躍をし、優勝しています。全国大会の予選を兼ねて、富士JCでも、青少年健全育成事業として、取り組み19回目を迎えての大会でした。この大会で優勝した、小学4・5・6年生は、富士市の代表として、6月22日に県大会に出場し、各学年10名参加の内、上位4名に入ると、全国大会として、両国国技館への出場となります。毎年、富士市から全国大会出場者が輩出されており、JCのメンバーが責任を持ち、全国大会まで、練習にも付き合い、当日の東京まで引率を行い試合に参加させています。

 私が子供の時、相撲はスポーツというより、子供達の遊びの一つでした。運動場の砂場や空き地で土の上に線を引き、良く相撲をとりました。放課後また、学校の休み時間、林間学校や修学旅行での旅館の中と仲間とけんかではなく、相撲をとった覚えがあり、勝った負けたと言ってじゃれ合い、仲間意識が育ったという感じでした。今、考えると、大きな怪我もなかったのですが、相撲をしながら、それなりに体が鍛えられ、擦り傷などは絶えませんでしたが、よくあちらこちらで見かけられた風景だったような気がします。しかし、何時の頃から、相撲はやらなくなってしまったようです。転んで汚れたり、相手に怪我をさせたりする恐れがある中では、先生もやらせないようですし、また、イメージ的に敬遠され始めているのかも知れません。また野球やサッカー、ミニバス等また、塾通いと習い事としてやることがありすぎて、子供達がじゃれあって遊ぶ時間が少なくなってしまったようです。この、わんぱく相撲というのは、相撲を経験するいい機会だと思っています。
 子供達の応援に父兄は基より、多くの小学校の校長先生が応援に駆け付け、自分の学校の生徒はもちろんですが、子供たちにあたたかい声援を掛けており、子供にとって励みになっていました。今回は韓国の子も参加し日韓の友好にも、一役担っていました。

 子供の輪に入り、マワシを付けたり、話をさせてもらいました。子供の輪の中で、小学校3年生の子に
「おりゃあ強いで、おじちゃんには負けないよ」
と言われましたが、昔も今もいたずらっ子みたいなガキ大将はいるんだなと、なんか安心しました。
ちゃんこも振舞われ、勝っても負けても、楽しい一日でした。

富士市水道組合連合会

 富士市水道組合連合会総会が総合庁舎6階で13時30分より、開催されました。部屋の中は、蒸し暑く、食事の後の午後の総会でしたので、不謹慎な事ですが、眠気が襲ってきた為、居眠りをするのを我慢することが精一杯で、話が頭の中に入ってきませんでした。
 眠くて眠くてしょうがなかった為に、来賓席に座っているものの、会長の挨拶を資料に書いて、目を瞑るのを防いでいました。書いてたおかげで、話の内容が、その場では何を言っているのか分りませんでしたが、なんとなく家に帰ってから理解でき、返って良かったかも知れません。(午後の会合は苦手です。) 

 水道組合連合会は、昭和32年に水道法が施行された後、地域での安定した水の供給の為に、昭和34年12月に水道連合会が組織されました。現在の給水戸数は、8,341戸です。しかしながら、運営上の問題からも、今後は、簡易水道は、行政に委ねた方が良いという考えの中で、統合に向かうべき方向性にあります。しかしながら、各地域により、統合については、問題点も多く、進みにくい状況もあり、まだまだ地域においての大きな課題の一つであります。

 水道の普及率は静岡県では、平成19年3月末時点で、98.9%と全国的に見ても、高い普及率であるとの事ですが、未だ4万5千人の山間地域の人たちには水道が引かれていない状況であるそうです。

 富士市では、蛇口を捻ると水がで、そのまま飲むことができる水道水は、当たり前のようですが、東京では、消毒臭くて飲む事ができません。東京にいた時、水道から白く濁った水が出てきたときは、驚きました。海外に行った時も、水道の水は飲んではいけないと言われています。お金を出して、水を買わなければいけない時代になってから、コンビニでもミネラルウォーターの種類も豊富になりました。安心して、飲める水がでる、富士市の水道の水は、本当にありがたいことだと思われます。

 昼間の会合で眠くならないよう、夜、しっかり寝なくては思いますが、ついつい夜更かしをしてしまい、睡眠不足です。寝不足は集中力も欠けますので、気をつけたいのですが、思うように寝れない状態でちょっと悩んでます。

木の供養祭

 雨が降る寒い日でしたが、三日市のお浅間さんで、第15回木の供養祭が開催され参加しました。この供養祭は、日頃から日本人の生活に密接な関わりを持つ木に対して感謝の意を表そうと、毎年この時期に実施しています。今年も全建建築センターの役員さんをはじめ来賓各位の出席で執り行われました。あいにくの雨でしたので、ご神木にしめ縄を奉納する予定でしたが中止にはなりましたが、古い木のまな板などのお焚きあげは、なんとか小雨の中で実施されました。 
 日常生活においてあまり気にしてはいないのですが、木は多くの所で使われています。たとえば、まな板、はし、爪楊枝、燐寸など世話になっています。なんとなく使い、使いきりで捨ててしまっていることも多いわけですが、プラスチック製品よりも、木の温かみのある製品の方がしっくりきます。割りばしもやはり木でできてないと食事もおいしく感じません。身近に使われている木に関しても改めて、感謝の意を尽くさなければと思われます。
 日本は、木材消費大国でもあります。しかしながら、その消費される木材は、なんと8割は輸入したものです。「木の文化」の国として、はたしてこれでいいのかと思われます。
 富士市も、富士ひのきの利用促進を促していますが、値段が高く、なかなか消費に繋がらないことと、やはりヒノキのブランドとしては、価値が低いという事を聞いたことがありますが、地産地消の意味合いからも、利用による多額の建築補助をだすなどの画期的な利用促進策を打ち出さなければいけないような気もします。
 県においては、県産材の積極的な利用として、静岡優良木材を使って木造住宅を建築する方に30万円助成しています。家を建築予定の方はぜひ「静岡優良木材の家支援制度」をご検討してみてはいかがでしょうか。

人生50年とは、

 商工会議所青年部の20年度の総会が、昨日の17時半より、グランドホテルで、商工会議所会頭・市長の他に関係団体の出席の基、開催されました。通称YEGといわれていますが、商工会議所の次代を担う、50歳までの若手メンバーで構成されています。
 新たに本年度の会長に、増田君が選出され、本日より会長職に力を発揮すると思われます。YEGも50歳を区切りにして、卒業をいたします。そして、YEGで研修、研鑽した事柄を、これからの、仕事、商工会議所活動、社会奉仕活動等に役立て、更なる飛躍につなげていくこであると思っています。50歳は、今の時代では、働き盛りであり、まだまだこれから社会の中枢で活躍をする位置づけにあります。
 総会が進む中で、電話があり、出ると要件は本日、19時より開催される、通夜の話でした。私は、その葬儀に対して、連絡をもらっていなかったので、YEGの総会に出ていたのですが、どうしても出なければならない関係の人の葬儀でありました。通夜、葬儀の日程を聞くと出られるとしたら、明日もすでに予定が入っているために、今日の通夜しかないとその場で判断し、グランドホテルを抜け出し通夜に向かう事にしました。幸い、黒いスーツと白いシャツでしたので、100円ショップに立ち寄り黒いネクタイを買い求めなんとかぎりぎり時間に間に合い参列できました。
 亡くなられた方は、私が昨年まで、奨学金を給付していた学生の父親です。奥さまは妻と同級生でもあり、お兄さんともPTAで活動をした関係でもあったので、何はさておき、どんなことをしても、出なければという行動になったのですが、改めて亡くなられた方の年を聞いて、ショックを受けました。享年50です。同じような世代で、また、同じ位の子供もいる、似たような家族体系を見ていると自分の事のような気にもなります。私ももうすぐその年になる訳ですが、まだまだ、やりたいこと、やらなければいけないこと、そして、家族の事を考えると、自分がいなくなる訳にはいかないと考えています。多くの人は、通夜に参列し、余りにも若すぎる死に心を痛め、また、残された人たちの心中を察すると、掛ける言葉にも詰まる状態でした。
「人生50年」という時代は、昔の話であり、ある意味、今は、50歳を新たなスタートとして、位置づける考え方である時代です。YEGの考え方もそうです。50を通過点とし、大きく飛躍していくことができるきっかけの年でもあるととらえられます。不幸が続いているのですが、世代が近いので、今回なんとなく複雑な気持ちになりました。
 お酒を飲みたい気分になり、祓いの意味を込めて、再びグランドホテルで行われているYEGの懇談会に戻りました。元気に仕事をし、仲間とお酒も飲める、また、活動出来ていると言う事に、幸せと感じ、感謝に堪えません。これから、何があるかわかりませんが、精一杯生きていくだけです。

浅間神社例大祭

 三日市の浅間神社において、恒例の例大祭が、昨日、3日に神社庁の副長官をはじめ、三島大社、富士宮の浅間さんの宮司が出席し、氏子総代と商工農にかかわる氏子の多くが参加する中で開催され、厳かに拝殿において、神事が執り行われました。
 神社に続く参道や境内には、様々な露天も出て、一般参拝の家族づれも多く見られ、結構賑わっています。
 地域の氏子にかかわる私も含め、3名の市議も参加していたわけですが、私は、初めての参加でしたので、狭い席の上、立ったり座ったりで、礼拝、低頭の繰り返しで、一体いつ終わるのか不安に覚えましたが、1時間強で終え、内心ホッとしました。

 その後、直らいの席で、氏子の代表さんが
「三島も富士宮も神社を中心にまちづくりが進んでいるが、富士市の場合は神社を中心にまちづくりが進んでいないので、文化・伝統・歴史を踏まえても、神社を中心に、まちづくりを形成していく必要があると考える」
という話がでました。いろいろなまちづくりが考えられてはいますが、一つの取り組みとしては面白いなと感じました。三島大社にしても、富士宮のお浅間さんも、全国的も有名な神社で多くの人が訪れています。毘沙門さんは富士市のお祭りとして有名ですが、それ以外の神社も、行政ともっと連携した施設の利用方法や、観光としての全国的に、お祭り等に訪れるような場所への展開へ進めても良いと思われます。
 ところで知っていますか? 神社に広がる緑豊かな木々は、森と言わずに杜と言います。鎮守の杜と言われるのはいわゆる、神社の木々を指し、社(やしろ)と書いて、もり(杜)と読ませています。昔より、神社は人が集まり信仰する、所であり、その場所にある木々は、人々の営みを見続け、存在する大事な生命体と考えられます。以前、私の地域で、神谷神明宮の樹齢500年のムクノキを延命措置を施した時に、宮司さんに教えてもらいました。
 鎮守の杜の祭りを、富士市でも大々的に売り出す方法も考えたらどうでしょうか?

富士山麓ブナ林創造事業

 G.Wに入っているのですが、なんとなく、そんな気がしていない私ですが、本日、子供の国の更に上の方の地域での、富士山麓ブナ林創造事業に参加してきました。
 
 天気に恵まれた中で、一般参加の市民をはじめ、企業、各種団体、ボランティアグループ等、本年度も760名の参加の下で、植栽(ブナ・ケヤキ・山紅葉・みずな・山桜等)が行われました。

 このブナ林創造事業は、富士山麓に、ブナを植栽し、混交林としての自然林を創造していく森林整備です。自然保護は基より、地球温暖化防止、水源涵養、災害の防止、花粉の抑制等環境活動に繋がっていますが、全国的にも珍しい行政主導のブナ植栽の事業として取り組まれています。

 この事業の始まりのきっかけとして、JCが行った、音楽劇の「ブナがくれた笛」の上演がありました。当時、環境教育が叫ばれる中で、ブナにまつわる音楽劇は、環境への関心を深めるためにも素晴らしいものでした。私は役員ではありませんでしたが、当時のJCでも、侃々諤々の議論をし、取り組んでいたことを覚えています。多くの人の動員活動は、担当委員会は勿論ですが、メンバー全員で行い、上演会場が一杯になった時は、結構、感動しました。その事業の、収益金(確か100万円だったと思いますが)を富士市の緑化事業に生かすように寄付した事が、現在の富士山麓ブナ林創造事業に繋がったと思っています。
 森を作るという事は、長い年月が掛かります。また、多くの人が携わらなければできないことですが、今回で15回目を迎えた、この事業は、富士山麓に位置する、富士市として、続けなければいけない事業だと思います。富士山が世界遺産に進んでいく上でも、富士山麓の森林整備は大切の事ですし、今後、この、森林整備を進め、富士山麓の森林を生かした、観光事業に発展できればもっと素晴らしいと考えます。

家族で参加の岩山ファミリー

 帰りは裾野から、帰ったのですが、裾野方面からサファリパークに、行く車だと思いますが、サファリパークへ行くには、1本道ですので、10キロ位渋滞していました。横目で見ながら、着く頃には、夜中になっちゃうよと教えてあげたい気持ちになりました。やっぱり、世間的に、ゴールデンウイークであるのだなと実感しました。

第6回日本語スピーチコンテスト


 吉原R.Cの主催で、また、富士市交流協会、富士市交流ラウンジの協力で、第6回日本語スピーチコンテストが、商工会議所で開催され、高校生の娘にも語学の大切さを感じてほしいと思い、2人で参加しました。
 
 今回の大会は、過去最高の42名の参加者があり、事前審査を行った上で、12名、6カ国(中国、スペイン、インドネシア、韓国、ブラジル、フィリピン)の外国人の方が競い合いました。 
 留学、研修、仕事、結婚、とさまざまな形で、富士市において現在生活している中で、期間は9か月から9年と滞在期間は違えども、皆さんが流暢な日本語を喋る事には、日本語以外、喋れない私にとっては尊敬に値します。
 参加者に、私の地域の会社で研修にきている中国の方が出ているので、応援に、社長と奥様が来ていました。現在、地域においても、多くの外国の方が携わっています。

 コンテストの結果は、参加者すべての人が素晴らしかったのですが、特に、富士常葉大学に通う、中国の魯書君さんの内容も充実しており、最優秀賞にえればれました。
その彼のスピーチの「ある暖かさは日の光と言う」は、
 幸せな生活は、花と同じであり、幸せにも光が必要であり、その光と言うものは目に見えないけれど、いつも自分のそばに存在している。子供の時に病気になった時にも、看護師さんが優しい言葉と温かい笑顔で病気をなおす光をくれた。留学をしている中でも、いろいろな苦労をしていますが、先生や友達が光を与えてくれている。日の光はどこにでもあり、生活の中で闇ばかり見ていないで、しわわせの為、人生の日の光を探さなければいけないと言う内容ですが会場の多くの人が、支持をし、投票したので、最優秀賞となりました。コンテストですので、喋るだけではなく、文章力も問われますが、立派な発表でした、

 全文は、毎年、富士ニュース社さんに掲載されますが、内容は素晴らしいものでした。話方も、日本人の私より、上手な話で、日本語だけでも、もっと、勉強しなければと反省しています。

 中国の北京で、オリンピックが開催される年でもあります。本日、長野で聖火ランナーが、厳重な警戒態勢を引きながら、走りましたが、何のため、誰の為のオリンピックの開催なのか考えさせられます。

ふじさんめっせオープン!

 いよいよ富士市の産業経済界の期待を担う施設の、「ふじさんめっせ」がオープンいたしました。オープニングイベントが、富士のふもとの大博覧会と銘打ち、盛大に開催され、地域の産業経済会の代表及び行政関係者が、集まった中での式典が催され、議員として参加してきました。

 コンベンション施設としては、めっせは後発ではありますが、富士山が見えるロケーション、新幹線新富士駅の近く、東名や国道からの交通アクセスの利便性を考えると、今後の需要は見込まれと思われますが、課題は、施設を運営する人達の営業力が問われ、他の施設より、いかに、この施設を利用させるかに掛かっていると思います。行政としても、建設した以上、産業経済界の人達と力を合わせ盛りたてる事と、地元企業に、利用促進を促していかなければならないと思います。
 本日のイベントは野外ステージでは、うみゃーもん市場や各種舞台でのアトラクションが、行われ、室内会場では、地元企業の展示ブースや富士ブランドのブースが開かれ、産業展示を見るだけでも結構楽しめました。
 
 
 また、ジャトコさんでは、歴代スカイラインが展示され、車好きには、見ているだけで、何時間でも時間を潰せるほど貴重な展示になってました。明日まで、イベントは開催されていますが、この施設が市内だけではなく、県内、国内、国際的に使用される施設になれば、より、富士市の活性化に繋がり、建設した意義があると思います。富士山があるめっせとして、世界的に認知される事を期待しています。
 多くの人で賑わい、この賑わいを、恒久的に続け、富士市のまちが賑わう為の起爆材になれるよう進めていくと思いますが、本日の様子を見ていると、まずまずのスタートだと感じました。これからも、この施設の有効的な運用を考えながら、世界の富士市になれる事を、心から切望しています。

 ふじさんめっせのロゴに採用された、深沢さんは高校の先輩にもあたりますが。この施設を考えての、ロゴは、大変素晴らしく、相応しいものであります。市民に愛され、利用される施設になる思いも感じ、浸透しやすいデザインでもあると思われます。深沢さんの才能に対して、敬意を表します。

 問題点の1つとして、めっせ前の道路、新幹線通りですが、南側へ渡ることができにくい事と、めっせから、車で出る時に、左側にしかでれないという状態は、大変不便であり、一刻も早く、めっせ入り口に、信号機を付けるなりの対処をして欲しいです。
 イベント終了後も、多くの人が来る場所になれるよう、利用しやすい改善もお願いします。

2つの入学式。

 市内の県立高校の入学式、本日行われているようですが、私は専門学校と私立の高校の2つの入学式に出席をさせて頂きました。

 午前中は、高山理容美容総合専門学校の入学式に出席させてもらいました。未来の美容師さんや、エステのプロとしての技術教育を行う学校ですが、高山校長とは友達なので、招待を受けました。小、中学校の入学式では多くの来賓がいる為に、市会議員は、というか私は、名前を呼ばれると、
「本日はおめでとうございます。」
と一言(本当に)挨拶するだけでしたので、本日も、そんな感じかなと思っていました。しかしながら、着くと高山校長から、

「議員、挨拶をよろしくお願いします。」

と突然、言われ考えてこなかったので、

「他の方で」
 
            

と遠慮させて頂こうと思いました。いつもなら、ぜひにとお願いするところなんですが、勝手のわからないところなので、何を喋ればいいのかわからないのとどんな方々がいるのかわからないので、困ってしまいました。でも、高山校長がせっかく機会を作ってくれたので、短めに
 「新人議員である私は皆さんと同じに、勉強をしている最中であり、夢を実現させるため、日々、努力を続けています。皆さんも美容、エステの専門学校に入学するという事は明確な目標を持った中で技術と個性を磨き、2年後の国家資格を取得することを実現して社会にでると思いますが、技術者としてオンリー1になってお客様に喜ばれる仕事をして欲しいことを期待しますし、夢を叶える努力を精一杯してください云々」と即興で挨拶させてもらいました。(いつでも、どこでも挨拶できる準備をしようと思いました。)

 ヘアーアーティストやエステシャンのプロを目指す若い学生さん、特に女性が多くいる前でしたので、ドキドキワクワクしてしまいました。

 午後は、裾野にある高校の入学式に出席したのですが、雰囲気の違う中での入学式でした。校長から、しっかりした、道しるべを見ながら、広い視野をもち、聞く耳を持つことが、回りを見ながら、その場に相応しい行動ができるという話がありましたが、聞く耳、聞くことができる事が大切だという事が最近、痛切に感じる私は、改めて新1年生と同様に学ばなければと心の中で思いました。

 どちらの入学式も、新しい門出を祝福するのに相応しい入学式でした。出席できた事に感謝いたします。
  
 今日の夕方、無事、犬のななが退院できました。病院より我が家の方が良いようで、しっぽを振って元気になった事をアピールしています。

さくら・さくら・さくら

 桜の開花状況は例年より早く、花見においても桜吹雪の中で花びらが舞い散る風流な花見がここ何日は経験できます。

夜になると夜桜見学を兼ねた、花見が行われており、三日間続けて花見をしています。
 広見公園で、夜、寒かったのですが、井出紙業の会長を囲んでの花見がありました。井出会長はJCの大先輩でもあり、今でも経営についての勉強会等でお世話になっています。定期的に、井出会長を囲んでの会が開かれており、花見もその一環の恒例のイベントです。広見公園は夜、あまり、花見見学に来ていな状況でした。

 

 続いて、吉原の小潤井川で、ちょうちんが付けられた中での花見にいきました。夜桜を見るには本格的な場所で、飲み屋も近くにあるのか、ほろ酔い加減の多少千鳥足の花見客も見かけられます。


 昨日は、米の宮神社にて、JCの花見が境内にて、行われました。こちらはどちらかというと花を見るというより、OBを交えて、懇親を深める意味合いの方が強く、花が咲いていようが天気が悪かろうが、この時期必ず開催している行事です。私も毎年参加していますが、今年は、うっかり、町内の総会のある事を忘れており、始まる前から参加し、皆が集まり盛り上がる前には失礼させて頂きました。


昼間は昼間であちらこちらでさくら祭りが開催されており、本日も、UCC工場での感謝祭を兼ねた、さくら祭りが開催されました。地元の企業でもあり、地域の人を交えた、さくら祭りですので、挨拶をしながら一回りし、サービス品の福袋を買い求めました。地域の人は、結構このお祭りを楽しみにしており、たくさんの人が参加します。

 さくら・さくら・さくらで、毎日過ごしています。
桜吹雪はきれいですが、散った後の花びらは厄介です。桜の木が隣接している家では花びらで困っているという話もきいています。何でもきれいなものは、遠くから見ていた方がいいのかもしれません。でも、さくらも、あちこちにあるもので、桜の花で結構、毎日楽しんでいます。

ピカピカの1年生。

 桜があちらこちらで咲き乱れたる春の中、富士市内の公立小中学校の39校で入学式が行われました。小学校2,506人中学校2,357人合計4,863人のピカピカの小中新1年生が誕生しました。

 朝から、交通安全の街頭指導があり、その後、中学の入学式が9時から始まるので、背広に着替え慌ただしく、入学式に参加しました。
 私の須津地域の須津中学校の入学者は139人で、地域的には、須津地域に加え浮島地区(境、西船津、船津)であり、須津小、と東小の生徒が通います。期待に胸を膨らませての入学式ですが、新たな中学生の中には、制服がだぶだぶしている子も目立ちました。成長著しい時期ですので大きめの制服を着ていると思います。私も、体が小さかったので、だぶだぶの制服を着せられてたことを懐かしく思い出しました。(私の時は、更に坊主頭にさせられました。)入学式の微笑ましい光景の一つだと思っています。
 校歌斉唱があったのですが、全員起立の上、歌い始めたのですが、新1年生の目線が指揮者の方に向いていません。目線の方向を追うと、舞台の横に掲げてある校歌が書いてある方向を見ていました。新1年生なので、初めて校歌を歌うので歌詞が分らないのは無理はありません。これも入学式ならではの風景だと思いました。


 午後からは、小学校の入学式がありましたが、須津小学校には123人の新1年生が誕生しました。まだ、体も小さく、おもちゃのような動きをして、お兄さんお姉さんに連れられての入場は本当に可愛らしく、笑みがこぼれてきます。中学の入学式より、お父さんの参加者も多く、着物姿のお母さん(気合が入っています。)もいました。父兄の参加者は中学より小学校の方が大分華やかな感じがいたします。また、カメラビデオの撮影をされる方が多く、多くの方が、カメラ越しに式を見ている状況でした。これは、どこの入学式でも同じ光景が見られると思っています。

 交通安全の帽子やワッペンが授与されましたが、朝、交通安全の街頭指導でも思ったのですが、車が多いうえに道が狭いという地域ですので、通学には気をつけ、小学校、中学校に通う中で、通学途中の事故が増えていますので、事故にあうことなく無事、卒業式を迎えられる事を心から祈念いたします。
 ピカピカの一年生、元気に楽しく、学校に通ってください!
 

富士山百景写真コンテスト

 富士市は富士山がきれいにみえるまちです。写真で見ると、また、格段と素敵に芸術的に楽しむこ事ができると思っています。富士山百景写真コンテストの写真展に行き、富士山は絵になる山だなと改めて感じました。カメラを通して、見る景色とは肉眼で見るものと違う景色があり、こんな風に撮れるんだと感心させられます。写真でみる、富士山も色々な姿があり、また、撮る人により、個性があり同じには見えない事が良く判ります。
 富士市では、富士市らしき富士山の見る事ができるエリアを96選定しており、このエリアに多くの人が訪れ、富士山の眺めや魅力を知って抱く為に、富士山を題材にした、「富士山百景写真コンテスト」を開催しています。今回が3回目のコンテストでしたが、市内はもとより、全国各地より、359人の人の1,829点の作品が寄せられました。今後、この写真コンテストは全国屈指のコンテストとして定着させ、富士市を全国へ紹介していく手段と考えているようです。その意味では、市でも力を入れており、コンテストに際しても、多くの費用をかけてると思っていますので、有効にこの写真展の優秀な写真を、情報発信のツールとして利用して行く事を進めてく行くものと考えられます。
 
 グランプリを受賞した、作品は、それぞれの思いが伝わる作品ですが、人々と富士山部門でのグランプリを受賞した、井沢さんは埼玉の方で、11年間、富士市に通い続け、富士市の人より、富士山がきれいに見える場所に詳しいとコメントがありました。毎日、目にすることができる富士市民より、実際、他市から来ている人の方が、富士山に対しての感動があるのかもしれませし思いも強いのかもしれせん。

 でも、家の地域においても、富士山を撮り続けている、東部地域では有名な、片岡さんが入賞していました。富士山に対しての思いが強い方で、朝早い時間に、良くカメラを持って出かける姿を目にしますが、本当に熱心な方で、素人写真家というより、セミプロという方がよく、アートな写真を撮り続けています。

 「富士山百景」は富士市から見る、富士山の美しさを発信することと、多くの人にこの富士市に来て頂けるように、最大限利用し役立ててもらいたいと思いました。

 素朴な疑問として、96のエリアとしているのですが、百景という以上、100のエリアにした方がいいんじゃないかと感じたのはわたしだけ。