市長が本会議初日に休んだり、議長が議会途中で入院したり個人的にも複雑な想いもありましたが3月25日でなんとか2月定例議会終了。
気が付けば年度末。
あと少しで退職される部長もいます。
慌ただしい毎日でありましたが、2月議会が始まった寒かった冬から外に出れば春らしい景色にすっかりと変わっていました。

桜の花が開花し始め、菜の花も咲いています。
池の上ではカメが甲羅干し。
気持ちを切り替えて新年度に向けて気持ちおおらかに持ちたいです。
貴重なトンボが生息する浮島沼つり場公園の整備とその周辺整備を以前議会で質問要望しています。


その浮島沼つり場公園周辺整備として、隣接する東球場入り口の河津桜が植えられているところが管理されておらず、下草がうっそうと茂って河津桜が見えない状況になっている事への改善が求められていました。

以前のように河津桜がきれいに見える場所にして欲しい要望がされていましたが、防草シートが張られしっかりと河津桜が見れるようになっていました。今はもう散ってしまいましたが・・・

公園回りをぐるりと回ったのですが、あらためてきれいになって嬉しい気持ちになりました。
当然、東球場を利用される方も風通しが良くなり良かったと思います。
今年は河津桜がきれいに見えたと工業団地の皆様からも感謝の言葉を頂いています。
浮島沼つり場公園も毎年、少しづづ良くなっています。また、来年河津桜を見に近くに来たらお寄りください。
水害常襲地である東部地域の江尾江川流域での水害対策は私の議員としてのライフワークであります。年度末になり、岳南地域流域協議会が開催され、江尾江川及び和田川・小潤井川・伝法沢川流域の県・市で行う水害対策のプランの進捗状況の説明がありました。


江尾江川のハードソフトとも様々な対策が進められている中では、昨年、緊急用排水ポンプが設置されており、その稼働について協議や冠水道路の改善が図られています。また、氾濫をできるだけ防ぐための緊急対策として江尾江川の改修として一部拡幅がされており、沼川合流部から上流に向けて、掘削工事が行われています。
その現状確認に行ってきました。今後、沼川と江尾江川が合流されますが、現状として大きな調整池機能を果たしており、一部拡幅が供用されると大きな効果が見込まれます。また、現在、新たな調整池として新年度予算に土地収用の予算計上がされており、目に見える対策が進むことはありがたい事であります。着実に対策は進んでいることは確認できました。
ただ、ハード的な整備は時間とお金がかかる事であり、今年中にすべて進むわけではありません。引き続き地元議員として対策を加速化させるために尽力しますが、改めて思う事は、梅雨や台風シーズンにおいて、想定を超えるような大雨が降らない事を願うばかりです。
富士市の一番東にある愛生保育園の卒園式が行われました。私も一番近くに住む議員として参加しています。12人の園生が卒園しますが素晴らしい卒園式でありました。
卒園式の前に、世界的なコントラバス奏者のジリー先生とピアノの渡辺先生の演奏がありました。ジリー先生は保育園に定期的にきてくれており、入園式、卒園式には生演奏で式を盛り上げてくれます。開演前の15分くらいでしたが心が和みます。

ふと見ると、いつもと見かけない外国の方が座られています。気にはなったのですが、式が始まりましたので来賓挨拶で私は、卒園生にお祝いを言いながら、保護者の皆様にはジリー先生、渡邊先生が演奏してくれる愛生保育園は凄い保育園である事を述べさせて頂きました。
式が終了後、ジリー先生のお祝いコンサートが行われましたが、会場にいた外国の方がジリー先生のお友達と言ってバイオリンを持ち壇上に上がりました。園長先生からの説明ではチェコを代表するバイオリニストのハーバーさんでチェコの至宝ですと言われ思わずびっくりです。


ジリー先生、ハーバー氏、渡邊先生の3人でのお祝いコンサートでありました。私も間近で世界的な音楽家の演奏を聞けることにちょっと興奮してしまいました。
卒園生も誰一人声を出すことなく、しっかりと演奏を聴いていました。本物を間近で感じとっていたと思います。卒園生の子どもたちにとっても、すごいはなむけの会であったと思います。
帰りがけにチラシを貰いましたが、4月3日19時ロゼシアター小ホール4000円で演奏会が行われます。ぜひ、チェコの至宝の演奏を聞いてみてください。
富士市の部活動からクラブチームへの移行に伴い先行モデルである富士ハンドボールクラブがあります。クラブチームに移行し、活動を進めていますが、全国大会出場を目標に日々練習に励んています。その結果、移行後すぐの夏の大会において女子チームが「全国中学生ハンドボールクラブカップ2025」に出場しています。また、今年になり1月の県大会で優勝し、夏に続き、「春の全国中学生ハンドボール選手権大会」に出場します。
夏に続き春も全国大会に出場する快挙であり、素晴らしい事であります。
3月25日より富山県氷見市で開催される大会出場し活躍が期待されます。ただ、クラブチームになって一つの課題でありますが、学校での全国大会出場に関しての遠征費は学校から指導者(先生)には支援がありますが、クラブチームの指導者にはそのような支援がありません。強くなればなるほど、指導者の遠征費用が必要とされる中では何らかの支援も検討すべきことであると感じています。
いずれにしても、富士ハンドボールクラブ女子チームの全国大会での活躍と共に大会まで怪我無く事故無く無事過ごしてい頂くことは富士市ハンドボール協会会長としても願っています。
がんばれ、富士HC女子チーム!!
3月15日は様々な思いがある日です。
9年前、文教民生員会の委員長を担っていました。
2月定例会での委員会で付託議案審査をする日であったのですが、出かけようとすると兄から突然の電話。何事かと思いきや、事故に巻き込まれて対応しているとの事です。自分も怪我をしており、後部座席に同乗していた父が大けがをしているので救急車を呼んだとの事でした。
沼津インターのグルメ街道の交差点で信号待ちをしていた時に、大型トラックに突っ込まれ多重衝突で前後の車に挟まれてのサンドイッチ状況での大事故でありました。私は委員会があったためにその場に駆けつけられませんでしたが、その様子はテレビでも放映されるほどの事故でありました。
委員会終了後、搬送先の沼津市立病院に行ったのですが、瀕死の重傷でありました。結局その事故が原因となり、入院先の病院でその後父は亡くなりました。また、37年前の3月15日は、長女の産まれた日です。初孫の誕生を一番喜んでいた父でありましたが、皮肉なこと孫の誕生日に事故に巻き込まれてしまいました。不思議なことに同乗していた母は事故にあいながらも無傷であり、未だに元気でいますが、父は事故に巻き込まれなければもしかしたらまだ生きていたのかもと言う思いもあります。何があるのかわからないのが人生であると感じます。
娘の誕生日を祝いながらも元気な時の父の事を思い出す日でもあります。
私の菩提寺は「南無阿弥陀仏」の浄土宗であります。
ただ、以前、娘が通っていた学校で聖書の勉強をしていた時がありました。
神父様と一緒に聖書を読み、その解釈の説明を受けていました。とても心が豊かになれる時間でもありました。

勉強していた中での私が好きな言葉として、一番最初に説明があった福音と言う言葉です。
福音とは良い知らせと言う意味があります。聖書の中にヨハネの福音書とマタイの福音書等々ありましたが、それぞれの良い知らせが描かれているとの事でした。勉強をしなくなった今でも、何か良い知らせや話があった時には福音が舞い込んできたと思っていました。嫌なことも大変なことも当然ありますが、今までもいろいろな福音もある中で家族の良い話は私にとって本当の福音であります。
昨年、3人目の孫として待望の女の子が生まれたのも福音です。その孫も3か月たち寝がえりを打ちましたのも福音です。その他の2人の孫も元気に育っているのも福音です。3月になり下の娘夫婦が新たな新居を購入したのも福音です。なんとなく実は新たな福音の可能性がでてきました。自分の良い事より、周りでの良い話が嬉しいのが私が求める福音であり、今年中にはオギタの福音があるのではと期待しています。。
福音があるようにとキリスト教でないのでお彼岸を前に仏壇で「南無阿弥陀仏」の10念を唱えて願っています。
ロータリーの今年のテーマは「よいことのために手を取りあおう」です。
私が所属する富士山吉原ロータリークラブでは市内の4つ高校に奨学金給付事業を行っています。
市が行っている奨学金給付事業との大きな違いは、奨学生1人に1人アドバイザーが付くことです。
ロータリーの奨学金事業は、富士市の人材育成としてお金の援助だけでなく奨学生に寄り添った心の支援をしています。私は長年アドバイザーを務めていますが、素晴らしい事業であると思っています。
毎年3月の例会では、卒業生のお祝いと奨学生の激励会が開催されます。また、その際には、奨学生の各学校の校長先生も同席して最後に激励の挨拶をしてくれます。

私も奨学生のアドバイザーを務めており、今年も奨学生と一緒に参加しました。毎年の事ですが、各学校の其々の奨学生の挨拶には感心させられます。
新年度も富士市で頑張る子供たちを引き続き支援していきます。ちなみに、4月から奨学金額が市の奨学金引き上げに合わせ、12000円になります。
ロータリークラブの基本はお金よりも心の支援でありますが、奨学生には嬉しいお知らせであると思います。
ロータリーのテーマの通り「よいことのために手を取り合おう」に合致する事業であると思っています。
15年前の3月11日午後2時46分。東日本大震災が起こりました。


甚大な被害が出てしまった大災害を風化させずその教訓は活かさなければいけなく、朝から多くのメディアで取り上げられています。
私も忘れてはいけない15年前の記憶として、15年前の3月11日夜のブログを見直してみました。
「2011年3月11日午後2時46分」
2011年3月11日午後3時前に市役所9階で、環境経済委員会の予算審議中、突然、揺れを感じ始めました。最初は、すぐに治まるものと「地震だ」と言いながらも、余裕もあったのですが、横揺れがひどくなり、かなりの時間揺れていました。今までに経験のない事でもあり、電気は落ち騒然となり始め、窓際はガラスの破損の恐れもあるとし離れるようにと指示がありました。
揺れが治まり、9階から、地上を見ると、多くの人が外に出始めていました。駐車場にはひび割れがあちらこちらに入っている事も確認できます。吉原1中では、生徒が校庭に避難をしています。停電をしているために情報が無いので、各人が携帯電話を使い、情報を取り寄せ始めましたが、宮城を震源とする震度7強の地震が午後2時46分にあり、富士市の震度は4であると説明がありました。委員会は中止となり、帰路につきましたが、車の中で、テレビやラジオの情報を聞くと、すでに宮城では津波の被害が放送されており、大変な惨事に至っている事が理解できました。携帯電話で家に連絡をしても、通信が多く混乱しているようで繋がりません。
刻々と流れる情報は、被害が拡大されていきます。帰る途中では、多くの人が家の外に出ており、停電の為に、信号も機能していません。お巡りさんや市民の方が交差点に立ち、誘導をしています。
全市が停電であると思っていたのですが、富士岡を超えた付近より信号もついており、お店も電気がついています。どうやら私の住む東部地域は停電もなく、家に着くと揺れは酷かったけど、被害はないという事でした。
地域においてはどうか確認すると、一か所水道管が破裂した場所がありましたが、地域の水道業者が対応してくれていました。(福泉産業さんの煙突が折れたと後から報告がありました。怪我人はでていません)
地震の状況をテレビで確認すると、地震の規模に訂正が入り、震度7以上の地震も3度あったという事が放送され始め、今までにない災害であり被害状況は計り知れないものに発展し始めています。
予定されていた葬儀が2つあったので、行きましたが、一つ目の葬儀は鷹岡であり、停電地域の為に行くまでの間、信号が止まり、交通網がマヒし始め、かなりの時間が掛かりました。また、自家発電をしての最小限の明かりでの葬儀でもありました。もう一つの葬儀は宇東川地区での葬儀で、電気はついていましたが、道を隔てて、停電をしている状況でもありました。
車の中で情報を取っていたのですが、津波による影響で、田子、元吉原、今泉地区に避難指示が出された事がわかりました。市内では停電以外には、大きな被害は感じられませんでしたが、流れてくる情報は、死者は増加しており、行方不明者も数多く、余震も続いており、これからの状況に大きな不安を持ちました。また、卒業式を12日に控えている東京にいた娘から、卒業式が無くなったことの連絡がありました。
夜通しテレビでは国内最大規模のマグネチュード8,8の地震が報道されています。
今なお被害は広がっています。被害を最小限にするために、政府も対応していますが、すでに、国内だけでは対応はしきれない状況であると思われます。
2011年3月11日、日本国にとって大変な時を迎えてしまいました。
東海地震が予測される中では、いつこのような状況になってもおかしくない地域に住む私たちにとっても決して他人ごとではなく、被害が無かった地域として何ができるか求められていると思っています。」
2026年3月11日も本会議がありました。
あらためて亡くなられた皆様に手を合わせます。
ホワイトリボンラン、岳南電車での江尾駅でのマルシェに顔を出した後、御殿場高原時之栖で3月8日まで時之栖イルミネーション2025-2026「ひかりのすみか」が開催されており、最終日に鑑賞してきました。

「ひかりのすみか」とは、「日本夜景遺産」に認定されたイルミネーションイベントで、24回目を迎える今年は、昨年からさらにパワーアップしています。「マジックフォレスト」をテーマに、約550万球もの光で幻想的な世界を表現していました。



見ごたえ満点の噴水レーザーショーの最後は、踊りと花火でのフィナーレで締めくくられました。

噴水の雨を傘でよけながらも震えながらも感動のフィナーレに大感激です。
その後、寒い身体を温泉に入ってきましたが、なんか美しい夜景にときめいて大変良かったです。
下の娘夫婦が練馬から横浜に3月6日に引っ越しをした。
議会終了後、車で横浜の新居へ。娘の旦那は、今まで住んでいた練馬のマンションの引き渡しの為に新居にまだいなく何も片付いていない中でテレビは置かれていた。
私が車で着くと駅の近くで食事をとったのだが、引っ越しと言う事で引っ越しそばを食べた。娘に旦那さんを待たなくて良いのかと聞くと、「見たいテレビがあるから家で待ってる」と連絡があったとの事。
美味しいお蕎麦を食べ終えた後、お酒とつまみをお土産に戻ると片付いていない部屋で1人、午後6時から開催しているWBCを見ていた。どうしても大谷を見たかったそうで。食事処ではなかったようだ。娘と3回裏の場面で戻ったのだが、13対0で日本が勝っていた。
聞けば大谷が満塁ホームランその前の打席も2塁打を打ち1人で5点を叩き出していた。やはり、大谷は凄い。
がらんとした部屋でビールを飲みながら娘の旦那さんは上機嫌であった。
明日から本格的な片付けをやるとの事だ。
私もノンアルコールビールで新たな門出に乾杯です。


実はちょっと前にすでに、娘とはお祝いをやりましたが、旦那さん抜きで野田岩のウナギを食べています。それもうなぎのフルコース。
あらためて、旦那さんとのお祝いに、泊りがけで行って特別美味しいお酒を飲みかわそうと思っています。
個人的には、行く場所ができ嬉しいです。
2人に1人が花粉症とされる中で、私も花粉症が酷く先週末の土曜日、花粉症に効く注射を打ってもらおうと病院に行くと45人待ち。
とても待っていられないと何の処置もできないまま辛い週末を過ごしました。

週明け後、議会が始まり、目の痒み、鼻水、頭も痛くなってきた中では、5日に議会登壇がありますので、あらためて病院に行き注射を打ってきました。
酷くなってからの処置でありますので、一気には改善されませんが、いくらか楽になりました。
登壇前日となり、いつものルーティンではありませんが、スタバで質問の確認をしてきました。
とりあえず、5日午後13時50分頃からの登壇が予定されています。
岳南電車と広域連携についてですが、準備万端と言いたいのですが、今できる範囲でしっかりと頑張ります。
よろしかった傍聴してみてください。
ちなみに、70歳を過ぎると、花粉症が自然と緩和されてくると聞きました。
私もあと少し我慢すれば花粉症が治る事を期待したいです。
須津古墳群の市指定史跡の須津千人塚古墳が昨年11月に供用開始されました。また、国指定史跡の浅間古墳がライトアップされたり、古墳スタンプラリーには多くの方が参加して開催されました。新年度から浅間古墳の発掘が始まります。須津古墳群の保存活用が着実に動いていることを感じます。その動きの発端となった団体に須津ふるさと愛好会があります。

そのふるさと愛好会で定期的に行われている勉強会で、「古代スルガ、伊豆国のカツオ貢納と浮島沼沿岸の地域社会」について文化財課の藤村氏が講演を行われました。


千人塚古墳で発掘された土器が、カツオの加工に使われていたものであり、浮島沼周辺を中心に広がっていき王権への本格的なカツオ貢納が行われてきた歴史について知る事ができました。改めて、古墳から出土されたものからわかる歴史にロマンを感じました。
新年度より浅間古墳の発掘が始まります。この地域の新たな事実がどのようなものかワクワクすることをあらためて感じました。
3月5日午後1時45分頃より一般質問での議会登壇をします。
2項目質問しますが、
「市長が考える静岡県東部の広域連携の在り方について」
の通告文を掲載しますので興味のある方はお読みください
小長井前市長は、選挙公約に中核市移行を掲げていたが、市長就任後、議会で示されたことは、検討した中で、中核市移行の決断には至らず、在任期間中での継続検討という見解であった。広域連携の推進については、かねてより岳南地域としての富士宮市との連携をはじめ、富士山を取り巻く自治体による富士山ネットワーク会議等で進められている。また、連携中枢都市圏の制度活用は難しいとの判断もあり、前市長は近年、特に隣接自治体である沼津市との広域連携の強化を図っており、沼津市の頼重市長とのトップ会談や実務者による静岡県東部地域2市広域行政連絡会において取組を進めている。
そのような中で、新たな市長として、今までの経緯や取組を踏まえ、静岡県東部の中枢都市である富士市としての中核市移行の考えや広域連携の在り方について以下伺う。
(1) 市長は中核市移行についての考えはあるのか。また、連携中枢都市圏構想を含め県東部の広域連携はどうあるべきと考えているか。
(2) 沼津市との連携の在り方として静岡県東部地域2市広域行政連絡会があるが、市長は両市の課題をどのように把握し取り組んでいくのか。
(3) 今後、さらなる富士宮市及び沼津市との連携強化は重要と考えるが、その強化を図る上でトップ同士の信頼関係が重要であり、その構築を図るべきと考えるがいかがか。
2月定例会での一般質問を行います。
2項目質問いたしますが、1項目づつ通告文を掲載しますのでよろしかったお読みください。
1.岳南電車の存続意義と今後の展望について
富士市の公共交通を担う岳南電車については、平成16年度より公的支援を行っており、現在は様々な見直しの中での公的支援が行われている。支援の基本的な考えは、岳南電車は富士市において必要な社会インフラとして事業者の自助努力と行政の適切な関与を前提に、市民、事業者、行政が一体となって支えていくというものである。その1つの取組として岳南電車利用促進協議会が組織されている。その中でも今まで利用促進に尽力をしてきており、一定の効果は認められる。近年では、夜景電車等の企画や地域との協働によるイベント開催等、特色ある取組を通じて「岳南電車のあるまち富士市」としてシティプロモーションや観光面において大きな役割を担っている。また、本吉原駅のプラットホーム及び上屋は国登録有形文化財として登録もされ、歴史的な価値や沿線でのまちづくりにも寄与している。ただ、今までも様々な利用促進は進めているが、コロナ禍もあり、現状の経営は厳しく、引き続きの公的支援が求められる。令和9年度には、支援内容が見直されると思われるが、岳南電車の沿線住民である地元議員としては、今までの議論や取組も含め、富士市においての岳南電車の存続意義と今後の展望について市長の考えを伺う。
(1) 岳南電車の現状分析及び利用促進の取組や活用への評価をどのように捉えているか。
(2) 今までの議論を含め、今後の公的支援の在り方をどのように考えているか。また、今後、支援を検討するに当たり、岳南電車との話合いはもちろんだが、経営母体である富士急行とのトップ会談が求められるがいかがか。
(3) にぎわいの創出を訴える市長は、現時点での岳南電車の存続意義の重要性をどのように捉えているのか。また、今後の展望も含め、市長の見解を伺う。
登壇日は、3月5日、午後1時45分位を予定しています。
岳南電車江尾駅に行った際に、地域の方が江尾駅舎の中を雑巾がけしてくれていました。
地域の方々の支援が嬉しい限りです。
実は質問するに際して、岳南電車江尾駅に行ってきました。
ちょうど地域の方が江尾駅舎の中を雑巾がけしてくれていました。
地域の方々の支援が嬉しい限りです。
岳南電車江尾駅に行った際に、地域の方が江尾駅舎の中を雑巾がけしてくれていました。
地域の方々の支援が嬉しい限りです。
中里区のまちづくり視察報告を行いました。
その中の要望の1つに、中里1丁目の踏切付近に住む方からの要望でレールの振動と騒音が大きいとの改善要望がでていました。

市には関係のない岳南電車への要望でしたが、私も沿線議員として岳南電車利用促進協議会の委員でありますので、地域要望として直接、社長にお願いに行ってます。鉄道の整備に関しては、国補助も入っているので簡単には改修できない旨の説明は受けていました。その後、中部陸運局の許可が出たとの事で、2月28日の深夜から3月1日の朝方にかけて改修工事を行う報告を受けていましたのでその報告をさせていただきました。
報告後3月1日の深夜工事を眠い目をこすりながらも確認にいってきました。
気が付けば、2月ももう終わり。
議会中でありますが、年度末となり、中里区で行っているまちづくり視察報告を今週の28日土曜日に開催されます。
開催に先立ち報告書作成をしなければいけなく、毎年の事ですが、忙しい合間をぬって資料作成を行っています。中里区8町内で令和7年度要望箇所は37か所。
取消し等もありましたが、それでもそれなりのボリュームです。
今年度は年度内での対応が多く3月までに何とかしたいと言う回答も多くあります。
いずれにしても、議会や会合、イベント等忙しい中でありますが、何とかギリギリ間際での資料が出来上がりました。
子供のころ、夏休みの宿題や自由研究の提出を学校へ行く前までやっていたことを思い出します。いつも計画的にやれば良いと思いながら気が付けば間際になってやっていました。その性格はいくつになっても変わらない事に、完成した資料を見ながら苦笑いです。
毘沙門さんが25日で終わりましたが、毘沙門さんに連日顔をだしていました。
毘沙門さんの中日、24日より議会が再開され、市長施政方針が示されました。
毘沙門さん最終日は25日には施政方針及び一般質問の受付が締め切られています。
私も一般質問の通告を提出しています。施政方針の質問後、一般質問が始まりますが、今回は一般質問を一番に提出しました。質問については、2項目、岳南電車の存続意義と将来展望についてと市長が考える静岡県東部の連携の在り方についてですが、どちらも新たな市長の考え方を確認したいことであります。
通告締切後、議運が開催され、登壇日程が発表されており、私の登壇余手は、3月5日午後2時位であります。

毘沙門さんに顔を出した後、富士を語る会、法人会、21経営研究会と所属団体の会合や懇談会が続いてました。議会、会合と慌ただしい毎日が続いてました。