環境資源ギャラリーって?

 市民クラブの視察で掛川市・菊川市の両市で運営するゴミ処理場施設を視察してきました。
            
 富士市では今、現在環境クリーンセンター建設問題があります。23年までに完成させる計画ですが地元住民の反対で頓挫している状態の中、平成17年9月5日より操業を開始している掛川市・菊川市衛生施設組合が運営する環境資源ギャラリーを参考とすべく視察です。施設名はゴミ処理場というイメージではなく、環境にやさしい人を育てる施設とすべく、施設名を「環境資源ギャラリー」と名づけたそうです。ここでは、循環社会の形成を目指した4R(リフューズ・リデュース・リユース・リサイクル)を織り込み、環境、資源に関する啓発・学習・情報発信をしてます。施設全体を環境学習の場とし、子どもから大人まで4Rを理解しやすく工夫してあり、マテリアル・サーマルリサイクル性が優れているとして選定したキルン式ガス化溶媒施設の運転状況も報告されています。ゴミをただ処分するのではなく、ゴミを有効に資源として再利用する事がこの資源ギャラリーの発想だそうです。
              

 富士市で問題となっている場所選定は、この、環境資源ギャラリーの建設では、地域のたまり地区150戸ありますが役員が理解を示し説得してくれ話から3か月で基本協定が結ばれました。その代り公会堂、集会場、道路、水路建設などの多くの要望はだされ10年で10億位の計画が進められているそうです。時間をかけすぎている富士市にとってはこのスピードがないことは、あらためて実現が難しいと思われました。

内山、須津山管内視察

 平成19年度内山・須津山財産委員会合同管内視察が開催されました。バスをチャータし富士市の大切な財産である山をまた木を見学してきたのですが大変天気に恵まれ気持ちのいい良い一日でした。
 内山委員会に委員長は私の属している会派の素晴らしい人格の持ち主である、自他共にみとめる「山を守る」男、渡辺勝議員であります。バスの中でも山に対する熱い思いの挨拶があり、11のコースを見て歩きました。
 金原明善林は富士市の中で一番古い植林で明治37年に行われました。樹齢105年の木を見ながら当時の治山にたいする考えをききました。
 神代杉の採掘の跡地は20メートルに及ぶ大きな穴でしたが、これは何千年前に杉が折れ、その後土砂がかぶり長い年月経っても朽ち果てることなく地中で保存されていました。明治から大正にかけ地中の大木を掘り起こすことが盛んに行われましたが、これは神代杉と呼ばれ大変珍重されたからだそうです。今は水がたまり池になっていましたが誰かが金魚をはなしたみたいで池の中で泳いでいました。富士市の貴重な財産を確認すると共に、久し振りに自然を堪能する一日でした。

海上自衛隊護衛艦むらさめ視察

 商工会議所青年部で渡辺会長をはじめ会員13名で横須賀の海上自衛隊へいってきました。富嶽自衛隊の三尾さんの紹介で護衛艦むらさめを見学できました。新テロ対策特別措置法の動向がどのようになるか気になる中で海上自衛隊の一部を垣間見るいい機会でした。
 むらさめは平成8年3月に就役した護衛艦であり、垂直装置をはじめと多数の近代化された武器をコンピューターによった管制し空中、水上、水中のいずれからの攻撃にも対処可能な能力を有しています。また、乗員の居住環境も快適な生活が送れるよう改善され省人化のための様々な装備もなされています。ちなみに船の値段は850億位だそうです。海上自衛隊の皆さんはきびきびとした動きの中で乗船する時には敬礼をしていただきました。日頃よりの日本の為の活動には感謝せざるえません。
 帰りには横浜によったのですがちょうどクラッシックカーのレースの最終ゴール地点であったため、参加していた、富士市の星野社長やマッチや西田ひかるさんにあえちょっとうれしかったです。

北九州視察

 10月10日11日で都市計画審議会で北九州へ視察へ行ってきました。9月議会終了後、議員は各委員会の視察が始まっています。11月議会までの間、多くの見識を深め富士市のまちづくりに役立てたいと思います。
 今回は審議会ですので会長の東海大学の東教授をはじめ委員8名と行政から部長、課長他2名の合計12名での視察でした。 
 この視察はは関門海峡が結ぶ景観に配慮したまちづくりをしている門司港のレトロ地区と船上より海からみた景観を確認することが目的でした。北九州市と下関市の両市民にとってかけがえのない貴重な財産である関門海峡の美しい景観を守り育て創り将来に継承していくために北九州市、下関市の両市民・事業者により海峡をこえた連携による景観に配慮したまちづくりが進められています。関門海峡に定められた地区内では建築物の新築、改築を行う場合に景観形成の指針に沿った計画で行っています。魅力ある関門の景観形成を行うために関門海峡条例がつくられいていました。
 国交省の計らいでクルーザーを用意してもらい流れのはやい関門大橋の真下をみたり壇ノ浦のあたりや巌流島への上陸をさせてもらい時代をスリップしたような貴重な体験をさせていただきました。田子の浦港の今後を考えるいい機会でもありました。ちなみに都市計画審議会の東会長は清水港のドリームプラザ周辺の港整備を手掛けている方でありぜひ田子の浦に対してもその力を発揮していただければありがたいです。
 関門海峡の関門がよく使われている「第一関門を突破した」とかの関門の語源とは初めてしりました。