日本で初めて古墳整備をした五色塚古墳の視察

CIMG9538視察から無事戻ってきました。
今回の視察の中では、私が議会で取り上げている事として、富士市唯一の国指定の史跡、浅間古墳の整備がありますが、その参考にするべく神戸市にある日本で初めて古墳整備をした五色塚古墳について市役所、五色塚古墳、埋蔵文化センターの視察をしています。

CIMG9544五色塚古墳は淡路島を望む台地の上に築かれた前方後円墳です。4世紀の終わり頃明石海峡とその周辺を支配した豪族の墓だと考えられています。その全長は194メートルで、兵庫県で一番大きな古墳ですが、全国的には40番目前後の大きさです。古墳域は、大正10年に小壺古墳の古墳域と合わせて国の史跡に指定されました。考古学的には、これまでに数次の発掘調査が実施されたほか、築造当時の姿へと復元整備も実施されており、日本では最初に復元整備が行われた古墳になります。また、平成24年には、出土品(円筒埴輪群)が国の重要文化財に指定されています。
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古墳名の「五色塚」や「小壺」江戸時代から見られる呼称で、「五色塚」の由来は明らかでありませんが「小壺」の由来は墳丘上の埴輪群によるといわれています。古墳域は戦前には松林として保護されていましたが、戦中に松は油採取等に利用するため伐採され、戦後には畑地として開墾されていました。加えて、前方部前面には山陽電鉄本線やJR神戸線が引かれたほか、古墳周囲にも道路が敷かれたため、周濠等も改変を受けています。五色塚古墳の整備の契機として
次の3つの事が挙げられていました。
1、古墳の荒廃と地元要望2、夢の架け橋3、全国的な史跡整備の胎動としており、特に1点目について地元要望の要因が大きく、行政に対して史跡を守るべきと市民の声が上がり、市として県、国へ相談に行き着手し始めました。当時、日本で一番初めの古墳整備として、市としても手探りの状態であったそうです。文化庁も3年くらいの調査と踏んでいたのですが、10年の調査年月がかかり、調査に当たっては、現在必要とされる保存整備計画は立てていなかったとの事です。今は文化庁が、発掘は破壊であるとの見解もあり、技術が発達してから発掘するようにと指示がある中では、更なる発掘を進める上ではあらためて保存整備計画の必要性は求められているとの事でした。古墳整備の事業推進では、市長が古墳の重要性を認識してくれており、市長の一言で土地の買い上げもなされており、市長の本気とやる気で事は進んでいる事は羨ましく思いました。

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市役所でのヒアリング後、現地の五色塚古墳の史跡公園にも行ってきましたが、復元整備された古墳には、重要文化財でもある埴輪のレプリカが並べられており、多くの市民や観光客が訪れる場所であると確認できます。
あらためて、五色塚古墳の保存、整備、現地での状況を確認して、今後、富士市唯一の国指定の史跡浅間古墳についての保存、活用、整備については、多くの課題はありますが、富士市の重要な財産として歴史的な重要性からしても地域と行政が一体となって時間は掛かる事の認識のもと、ロマンと情熱と希望をもって取り組むことであると感じました。
大変勉強になりました。

 

 

 

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